やぶから九尾

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★自作SS紹介★ 作品集71 『八雲の式の式の式』 7 後日談

以下は、『八雲の式の式の式』の後日談です。
拙い文章ですが、お楽しみいただければ、と。

(ネタバレも多く入っているので、未読の方はご注意願います)




幻想郷 春



 小窓が一つだけある薄暗い部屋は、本来は十畳はあるそうなのだが、中は極めて雑然としているために、歩けるスペースも限られていた。その散らかった部屋の中央には二人。一人は頭に水色のおさげを二つ、さらにスコープを付けた河童である。白色灯のついた机に向かい、小さな音を鳴らして手作業をしている。もう一人はその後ろで、長椅子に座っている化け猫である。緑色の小さな帽子を猫耳で挟んでいなければ、赤いスカートをはいた人間の女の子にも見える。前に座る存在の背中を見守る間も、じっとしていられないようで、腰をもぞもぞと動かしていた。

「……にとりさーん」

 猫耳の少女、橙が小声で呼ぶ。

「それ何ですか?」
「鈴だね」

 机に向かう少女、河城にとりは返答した。
 橙は口をとがらせて、

「鈴なのは分かるよ。でも、ただの鈴じゃないんでしょ?」
「ただの鈴でもないし、ただの道具でもないね。それを調べるために、直してるんでしょーが」

 にとりはその鈴、金色で梅干し大の大きさの鈴を、電灯に透かして見ながら言った。

「ありがたいご依頼だけど、私の力を借りなくても直せたんじゃないの? 噂によれば、あんたの主人のスキマ妖怪は物凄い力を持ってるって……」
「えっと、紫様が言うには、境界を操らなくともそれが可能ならば、使わないほうがいいと教わりました。……なんだっけ、バターフライ効果だったかな」
「それはまた美味しそうな効果だね。どんなの?」
「忘れちゃいました。とにかく、閉じた世界において強力な力は無闇に使うものではない、みたいなことも言ってました」
「そんなものかねぇ」

 棒読みの記憶に対し、さほど興味も無さそうに、にとりは相槌を打っている。
 その間も、手元がカチャカチャと鳴っていた。

 八雲の式の式である橙が、この工房を訪れたのは、冬に「青」からもらった鈴を修理してもらうためである。青とは、この冬に出会った、妖怪なのか猫なのか機械なのか、正体不明の存在だった。橙は青を自らの式としたのだが、紆余曲折あって、彼は異世界にいる本当の主の元へと帰っていった。別れ際に橙が、青と交換した鈴は、一見ただの鈴にしか見えないのだが、何か仕掛けが隠されているらしく、主の主である紫の勧めで、それを機械に強い河童に見てもらうことにしたのだ。そして、橙にとって親しい河童の知り合いと言えば、この河城にとりしかいない。
 にとりの工房は、妖怪の山の中腹に流れている、大きな川の側にあった。案内された部屋は、かなり散らかっていて、色んな機械やら部品やらが転がっており、工房というよりも、メカのお化け屋敷のようであった。右目にスコープを装着し工作器具を器用に扱うにとりも、なんだか普段山で見慣れた姿と違って、職人さん、という雰囲気がある。

「しっかし、惜しかったなぁ……もう少しあの機械人形にいてくれれば、もっと色んなことが分かったのに」

 にとりの残念そうな口ぶりに、橙は目くじらを立てた。

「にとりさん! 青は機械じゃなくて、私の式! 誰だろうと、分解なんて、絶対にさせなかったよ!」
「わ、わかってるって。半分は冗談だよ」
「半分でもだめ!」
「むぅ……だってさぁ」

 にとりは手元を休め、感嘆とも落胆ともとれる、ため息をつく。

「これは本当に、信じられない技術だよ。機械に詳しくないあんたには、わからないかもしれないけど、こんなに小さいんだもん」
「小さいのが凄いの?」
「そりゃあそうだよ。これと同じものを、私の所にある材料で作れば、きっとこの机くらいのサイズになっちゃうから。しかも、中身は見たことの無い精密機械がぎっしり詰まっていて、複雑な回路のオンパレード。手先の器用な河童の小人が作ったとしか思えない。これがもし人間の作品だとしたら、河童のプライドはずたずただよ。とても信じられないね」
「そんなに凄い道具なんだ……」
「ここにスピーカーらしきものがあるから、音を出すというのは間違ってない。しかしどんな音が出ることやら。これだけ大がかりな、といっても小さいんだけど、仕掛けが施されているんだから、普通の鈴の音はでないだろうね。ある種の音波兵器かもしれな……いやいや冗談だって」

 手を振って物騒な見当をごまかす河童を、橙はジト目で睨みながら、

「……直せますか?」
「とりあえず、今外側のカバーをはずして分解しているところさ」
「にとりさん! もし壊したら、絶ー対に許さないからね!」
「わかったわかった。何度も聞いたから、いまさら言わなくてもいいよ。とにかく難しい作業ということで……あ、こりゃすごい。へー、こういうところはシンプルなんだ。参考になるね」
「にとりさん?」
「ちょっと橙。こっから話しかけないで。手元が狂うから」
「あ、わかりました」

 橙は了解し、また足をぶらぶらさせて、部屋の観察に戻ることにした。
 改めて見ると、物が散らかっているというだけではなく、単純に量が多いのだ。どれも河童の道具であることは分かるが、何に使うか想像し難い物も多い。 光学迷彩スーツにギミックアームといった道具については、前にも見せてくれたが、ロケットブースターや巨大冷蔵庫、気象予報レーダー等の道具は初めて見る。『『げんそうきょうはかいばくだん』というのは冗談だろうけど。
 同じ山に住んでいるとはいえ、河童の暮らしはだいぶ違う。
 最初の内は眺めているだけでも楽しめたが、やっぱり手にとって使えないとなると退屈だった。こんな道具を、毎日一つずつでも、みんなで使って遊べたら楽しいのに。
 しびれを切らして、もう一度声をかけようとすると、にとりがふぅと息をついた。

「大体構造は把握できたよ。壊れてる箇所もわかった」
「本当!? 直せるの!?」
「それがちょっと厄介でね……」

 にとりはスコープをはずして、ごそごそと机の中を探り出した。

「老朽化した部品の一部は自作すればいいとして……問題は動力なんだよ」
「動力? 電池のこと?」
「うん。壊れているんだ。普通の電池じゃもたないし、かといって大容量の電池じゃ入らない。しかもこれはひょっとすると、半永久的に使えるはずの電池だったのかもしれない。そこら辺は、後で詳しく調べてみたいところだけど……とりあえず、間に合わせでいいのは無かったかなぁ……あ」

 そこで、にとりは顔を上げ、ぽん、と手を打った。

「そっか。全く同じ構造にする必要はないんだ」
「え?」
「えーと……どこにしまったっかなぁ……あれでもない、これでもない……」

 今度は椅子から立ち上がって、部屋の隅に行き、がらくたの山に手を突っ込んでいる。やがてにとりは、「あー、あった」と、ベルトのようなものを見つけ出し、橙のところまでやってきた。

「橙、ちょっと腕借りるよ」
「それ……注射じゃないですよね?」
「あはは大丈夫。痛くしないから」

 橙が素直に腕を出すと、にとりは、ぱぱっとそれにベルトを巻いて、片手に持った計測器のスイッチを入れて、目盛りを見た。

「……おお、凄い数値だね。やっぱり式神というか、ただの化け猫じゃないというか」
「何をしてるんですか?」
「あ、うん。今あんたの妖力を計ってんの。ちょっと集中して溜めてみて……ふむふむ、次は出して……よーし、これなら大丈夫だ」

 にとりは橙の腕からベルトをはずし、両手を腰に当てて、見下ろしてきた。

「それじゃあ橙。今からあんたに分かるように説明するよ。はっきり言って、この鈴というか道具を恒常的に動かすことのできる動力は、うちには無いし、河童の仲間にも持ってるやつはいないと思う。つまり、この道具を元通りにすることはできないし、このままじゃ道具の秘密は分からない」
「そんな!」
「でもね、動力は何も電気的なものである必要はないのさ。つまり、私ら河童が自分達用に使っている道具のように、あんたの『妖力』で動くように改造しちゃえばいい」

 改造、という言葉に、橙は少し不安を覚えた。
 にとりはその顔色を読んだようで、

「そう。それはこの道具の中身を一部作り変えるということ。つまり、あんたがもらった宝物を、私がいじくり回してしまうことになる。それも、結果が100%保障できるわけでもない。つまり、持ち主であるあんたの許可が必要なわけさ。どっちがいいか決断してほしい。諦めて帰るか、私の腕を信じるか……」

 橙はいつものように即断したりせず、じっくりと思案した。
 青から受け取った大切な物だから、絶対に壊したくない。
 しかし、青が自分のために何を残してくれたのか、何としてでも知りたい。

「にとりさんは……すっごいエンジニアさんなんですよね」
「もちろん。河童のうちでは五本……いや、七本の指に入るね」

 微妙に後ろ向きだった。

「でも、少なくとも、あんたのために全力は尽くすよ。それは約束する」
「信じていいんですか?」
「それは橙次第。ただ私は……そうだね。信じてほしいかな」

 にとりは親指で、胸をとんとん、とつついた。
 迷っていた橙は、うん、とうなずいて、決心を固めた。

「にとりさん、お願いします! 私がもらった鈴を、元通りじゃなくていいから、ちゃんと……作り直してください!」
「OK、まかせな! ふっふっふ、燃えてきたね。あ、橙は一度帰っていていいよ。長くなるから」
「いいえ! 私もここで応援しています!」
「……いや、集中したいんで、あまり居てほしくないんだけど」
「喋ったりしません! 黙って応援します! だから、ここにいさせて!」

 橙が懇願すると、にとりはスコープを装着し、口の端を持ち上げた。

「わかった。それじゃあ助手として、後ろから見えないパワーを送っていて」
「わかりました! ずっと送ってます!」
「あ、そこの冷蔵庫に、作り置きの物が入ってるから、お腹が空いたら向こうで食べていいよ。それと、冷えたコーヒーも入ってる。私が頼んだら、そこのカップに入れて持ってきて。よろしく」
「まかせてください! 手伝うことがあったら、何でも言ってくださいね!」
「ん」

 にとりは再び机に向かい、作業に取りかかる。
 橙は腰だめに両手を突き出して、それを援護するべく、見えないパワーを送り始めた。

「~~~~~~!!」
「……ちょっ! 橙! なんか背中がくすぐったい! やっぱ出てけ!」
「ええっ!?」

 見えないパワーも考えものであった。




☆☆☆




 どこの世界だろう。
 低い山の近くにある町並み。幻想郷の人間の里よりも、もっと大きな街だ。
 その一つ、二階建ての家の窓から、青の姿が見えた。
 畳敷きの小さな部屋。誰か、眼鏡をかけた男の子と話している。
 
 青、その人間が、青の本当の主さんなの?
 でも私も、青の主だよね。忘れてなんかいないよね。
 青、こっちに気づいて。

 青……!


 

「橙、起きな」
「…………あれ、にとりさん?」

 橙は瞼をこすりながら、椅子から起きる。
 どうやら途中で眠ってしまっていたらしい。
 いつの間にか、かけられていた毛布が、床に垂れ落ちた。

「ほら、約束の品だよ」

 にとりが手の中を見せると、青からもらった金ぴかの鈴が現れる。
 橙の眠気が、一瞬で吹き飛んだ。

「せ、成功したんですね!?」
「当ったり前ぇ。これくらいできなきゃ、河城にとりの名がすたるよ」
「わぁ、やったぁ! にとりさん凄い!」

 橙はそれを受け取って、両手をあげて喜び、にとりとハイタッチした。

「じゃあ、にとりさん! さっそくこれを試しに行きましょう!」
「だめ。寝る。もう疲れた」
「えっ!」

 にとりはばたんと倒れて、橙が寝ていた長いすに、横になりだした。

「完徹はしないですんだけど……ふわ……おやふみ」
「……わ、もうこんな時間」

 橙は壁にかけられた時計から、窓の外に目を移した。今は深夜。空が宵闇から薄く色がついているくらいの時刻だった。自分が途中で眠ってからも、にとりは今までずっと作業をしてくれていたらしい。

「にとりさん、ほんとにありがとう!」
「んー。それじゃあ行って試しておいで」
「それは嫌! にとりさんも一緒じゃないと……」
「やーだー。もうこっから動きたくなーいー」
「じゃあ、私もここで待ってます」
「…………なら、こうさせろ!」
「にゃあっ!?」

 いきなり毛布の中に引き込まれて、橙は悲鳴をあげた。
 ついでに、体をしっかりとホールドされて、じたばたと暴れる。

「ああ、やっぱりぬくいぬくい。うちでも猫飼おうかなー」
「に、にとりさん! くすぐったい! 放してー!」
「仕事のご褒美ってことでさー。あー、頑張ったかいがあった」
「助けてー、藍様ー!」

 遠慮無く懐炉にされる橙は、悲鳴をあげる。
 いつもピンチに助けに来てくれるはずの主が、今東南アジアまでドラ焼きを買いに行っていることなど、彼女には知る由もなかった。




☆☆☆




 にとりが十分に仮眠を取り、支度を終えてから、二人は妖怪の山の麓付近にある、猫の里にやってきていた。
 数十年前からいずれも廃屋と化している民家は、何とか今年の冬を乗り越えた。
 屋根の雪は溶けており、地面にぽつぽつと見える草の芽も、春の訪れを感じさせる。
 橙は修理が終わった鈴を取り出した。

「紫様は、これを猫達に使ってみればいい……って言ってたけど」
「やってみればいいじゃん。でも、肝心の猫達がいないね」

 にとりは周囲を見渡しながら言う。
 橙はまず、廃屋で寝ているはずの、あるいは山に出ているはずの、配下の猫達を呼んでみた。

「おーい! みんなー!」

 雪解けの山に、橙の大声がこだまする。
 それが消えると、辺りはしんと静まりかえる。しばらく待ってみたが、猫一匹姿を現す気配がなかった。

「やっぱり来てくれない……みんな昨日のこと、怒ってるのかなぁ」

 橙は手のうちの鈴を見ながら、反省のため息をついた。
 にとりはお気楽ともいえる調子で、明るい声をかけてくれる。

「ま、ま、とりあえず鳴らしてみればいいじゃん」
「どうやって使ったらいいんですか?」
「そこの出っ張り……そうそれ。それがスイッチになってるから、それを押しながら、妖力を込めればいい。強いとそれだけ大きな音が出るけど、馬鹿みたいにでかい力は流すんじゃないよ」
「はい、わかりました」

 橙は早速、そのスイッチを押した。
 はたして、どんな音が出るのか、と二人は期待して待った。
 すると、


『ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ゴ~』


 いきなり、お世辞にも綺麗とはいえない音が鳴った。

「な、なんだこれ!?」
 
 物凄い音に、にとりはひっくり返りそうになっている。
 
『ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ゴ~』

 鳴る度に内蔵がこすられる気がする。
 巨大なドラ猫が、冬眠から目覚めてあくびをしたような音である。
 しかし、耳障りなだけで、害はないらしい。特に何かの効果が起きたようにも見えない。
 にとりは顎に手を当てて、

「おかしい……失敗したかな。そんなはずは……」
「にとりさん……」
「あ、ご、ごめん橙。帰ってもう一度、それ調べてみるから」
「違う……」
「え?」
「これ……青の声だ」

 橙は呆然としていた。
 もう一度鈴を鳴らす。忘れるはずもない、青の鳴き声、彼の猫語だった。

『ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ゴ~』

「あれ、橙……」

 にとりが呟く。
 民家の中から、鈴の音とは違う、別の猫の声が聞こえてきた。山の斜面を、猫の集団が駆け下りてくる。その数、あわせて百匹近く。あっという間に、二人の周囲は、猫の湖状態となっていた。

「うわわ、凄いこれ。どっからこんなに湧いて出てきたんだ。一匹もらってっちゃだめかな」

 にぎやかな様子に、にとりが慌てふためきながらも、興奮している。
 橙はもう一度、鈴を鳴らした。
 泣きながら、何度もその音を耳で聞いた。

「青の……声だ……!」

 式と主は、離れていても、いつも一緒。
 橙の式が、そう言ってくれている。世界が違っても、声がちゃんと届いた。

 青からの、素敵なプレゼント、橙はそう聞いていた。
 本当に、こんなに素敵なプレゼントがあるだろうか。

「青、ありがとう。私、頑張るね!」

 橙はもう一度鈴を鳴らし、集まってきた猫達に、大声で呼びかけた。

「みんなー! 今日は鬼ごっこしようねー!」

 この思いが、天まで届け、と。















どこかの世界 春






「のび太ー! 早く行かないと遅刻するわよー!」

 家中に響きわたるほどの声に、布団をかぶっていた少年が飛び起きた。

「わぁ、いっけな~い! あわわわわわ」
「おはよう、のび太君」
「ドラえもん! なんで起こしてくれなかったのさ~」
「起こしましたよ。だけど、あと五分、あと五分、って言ってる間に、もう三十分も経っちゃって」
「そんなこと言ってる場合か~! あわわわ今日も遅刻だ大変だぁ~」

 慣れた物で、すでに同じ部屋の押し入れから起きていた方は、少年の着替えの服やランドセルを用意していた。眼鏡をつけ、服を着替え、襖を開けて出て行く背中を、いつものように送り出す。

「行ってらっしゃい」

 だが、普段の慌ただしく階段を駆け下りる音は聞こえなかった。

「ねぇ、ドラえもん」

 いつもなら、家を飛び出しているはずの彼が、襖から顔を覗かせて、

「もう、どこにも行ったり、しないよね」
「うん、どこにも行ったりしないよ」
「本当に?」
「うん。ふふふ」

 二十二世紀から来たネコ型ロボットは、大きな首でうなずいて、含み笑いをした。
 少年はそれに安心したようにうなずき返し、階段を駆け下りていく。
 やがて、窓から、走っていく元気な姿が見えた。
 続いて、階段の方から、声がした。

「ドラちゃん、後でおつかいに行ってきてくれるかしら。お駄賃あげますから」
「はい、ママ」

 こころよく、頼みを引き受ける。
 帰りに買うどら焼きを楽しみにして、この部屋で少年の帰宅を待ち、難題を持ってくる彼を助けてやる、それが自分の日常だった。六畳の部屋の勉強机も、本棚も押し入れの布団も、自分がこの二十世紀にやってきて、もっともなじみ深い光景のはずだった。

 それなのに、心に引っかかっていることがあった。

 実は数日、自分は家出していたらしいのである。
 らしい、というのは、当の本人に全く心当たりが無く、気がついたら周囲の日付が過ぎていたからで、その数日間の記憶がさっぱり抜け落ちていたのだ。同居人、特に先の親友は大泣きしており、同じ町に住む友人達も、誰もが再会を喜んでいた。結局、何事もない、元通りの毎日が戻ってきたので、めでたしめでたし、のはずだった。

 それなのに、なぜか心に、小さな穴が開いている。

(…………)

 ふと、誰かに呼ばれた気がした。
 窓に顔を向けるが、姿はない。屋根の向こうに、春の暖かい空気に誘われて、白い雲がぽっかりと浮かんでいる。窓を開けて、知り合いの猫の姿を探してみたが、誰もいない。だが確かに、声が聞こえた気がした。

「おかしいなぁ~」

 おかしいといえば、もう一つ。自分が大事にしていた、壊れた『ネコ集め鈴』が、いくらポケットを探っても見つからないのだ。かわりに、古い銀の鈴が、首輪に一つ増えていた。

「……あ、そうだ。すっかり忘れていた」

 もう一つ、自分がいつも身につけている方の鈴。
 そちらは小型カメラになっており、記念に何かを撮影することができるのだ。
 ひょっとしたら、ここに何か残っているかもしれない。
 彼は写真を、壁に映し出してみた。

 そこには、

「……あれ?」

 全く知らない存在が、世界が写っていた。

 上は茶色のコート、下は赤いスカート。頭から猫耳を生やした、躍動感あふれる少女。彼女と肩を組み、ピースサインをこちらに突き出して、白い歯をみせている水色の髪の女の子。二人にのしかかられている、マフラーと厚着で、みの虫状に着ぶくれした緑色の髪の……子供。その横で、黒い服に身を包み、両腕を左右に広げている、金髪に赤いリボンの娘。四人の後ろで、柔らかい笑みを湛えている、雪のような白さに濃い青を基調としたドレス姿の女性。

 背後に雪が見えることから、冬の景色らしい。
 しかし、どうしてこんな写真が、鈴のカメラに収められていたのか。

 突然、急激な感情の乱れがあった。

 見覚えがないはずなのに、何かを思い出そうとしている。
 記憶にないはずなのに、懐かしさをかき立てる。
 特に、中央の猫の姿をした少女が、何かを伝えようとしている気がした
 聞こえるはずがないのに、頭の中で声がした。


 ――青、ありがとう! 私頑張るねー!


「ちぇん……」

 その名を呟くと、彼の首につけられた、

 古い銀の鈴が鳴った。



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Comment

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • posted by
  • 2009.10/22 22:19分
  • [Edit]

Re: タイトルなし


おわわー! 久しぶりにコメントが!
はじめまして、PNSです。 この度はありがとうございます。
後日談、お楽しみいただけましたでしょうか。

読んでくれた人の面白いという感想、これ本当に力になりますよね。
書く側に回って初めて知った喜びですが、むしろ書いた方の涙腺が緩くなるということにも気がつきましたw 目標というにはあまりに未熟者で恐縮ですが、私もある目標に向かって進んでいます。期待を裏切らぬよう、これからも精進を続けようと思います。
また何かありましたら、どうぞお気軽にコメントしてくださいませ。
それではまた!

追記
僭越ながら、ブログ(ホムペ)発見。リンクを張っても構いませんか? 匿名コメントでしたので、これはルール違反かもしれませんが……。
  • posted by ぺんさ/PNS
  • URL
  • 2009.10/31 22:55分
  • [Edit]

ま、まさかコメント返しをしてくださるとは……。
匿名コメントにしたのは、くさいこと言ってるようで、気恥ずかしかったからですw
書き手として、恥ずかしがってたらいけないですね(汗

リンクの件、これからよろしくお願いします。
PNSさん目指して頑張っていきます。

とりあえず、コンペで死にそうorz
  • posted by 葉月ヴァンホーテン
  • URL
  • 2009.11/01 11:57分
  • [Edit]

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このはずくは共通世界観、木葉梟は一度限りの世界観という風に、HNを使い分けて東方創想話にSSを投稿しています。
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