やぶから九尾

東方SS書きのブログでございます

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大晦日だよ やぶから九尾

 というわけで、2012年も残りわずかとなりました。
 振り返ってみると充実してたようなしてなかったような……。

 まず今年はやはり、木葉梟の正体を明かしたこと、第一回第二回と新東方SSこんぺで一位を取らせていただいたことの印象が強いですね。もう少し秘密にして活動したかった気持ちは残ってますが、まぁ仕方ない。これからも共通世界観と単発世界観で二つの名を使い分けていきたいと思います。でも『空翔ける~』の設定はまた使いたい気持ちが少々……。

 そして同じく、大崎屋平蔵さん主催の合同誌に参加させていただいたことも印象深い。(詳細は前回記事参照です)。
 ああいう作品を書いて参加できるというのも、木葉梟という名前を作ってよかったことの一つですね。ちなみに情報によれば、現地では見事完売。めろんぶっくす、とらのあなも売れ行き好調らしいです。いやはや、ありがとうございます皆様。これからご購入する予定の方々は、無くなる前にお早めに!

 で、創想話の方は……なんと、三作(ヨーソローホイサッサを含む)しか投稿できていないわけですよ!! つまり今年は木葉梟が大活躍して、PNSがお粗末という状況だったわけです。2013年はぜひ、創想話を主戦場にして活動したいと思っております。そしてどーんと年十作、合計kb数1500kbを目標にしようじゃないですか! (……毎回口だけで終わってるよね)



 さて、以下は某所で予告した通り、『魔女の筆にスカーレットを』で削ったバトル場面を公開いたします。ただし、この場面を削ったというからには、そこにはちゃんと削るなりの理由があったわけです。部分としては好きでも、組み込んでしまうと話としてはどうも不安定になる気がしたんですよね。だから諦めて、バトルなしで投稿いたしました。
 あと、前後の場面も修正されてるので、この場面を投稿作にねじ込んでも物語が成立するわけではありません。
 だからあの作品をあの形で心にとどめておきたいという方には、お勧めできません。
 それでもよければ……ぜひ続きからご覧くださいまし。

 (もちろんネタバレ全開なので、未読の方はご注意願います)




 ◆―◆





 彼女、当代の博麗霊夢が語った内容は、パチュリーの残した魔導書に書かれたことを裏付けるものであった。
 およそ二百年前、紅魔館において大規模な魔導実験が行われ、結果的に失敗に終わった。
 ありとあらゆる事象が吹き飛び、空間的な、そして情報的な空白が一帯に生じた。
 以来そこは入ることも触れることも叶わぬ、結界にも似たゾーンが生じ、紅魔館の歴史はその時に潰えたと思われていた。
 ただし、魔導実験の責任者であり、唯一の生き残りだったパチュリー・ノーレッジは、当時の博麗の巫女、そして幻想郷の賢者と呼ばれる妖怪に、事態の解決案を提示。
 彼女達はその遂行を、いくつかの条件と引き換えに受諾し、異変は未来への課題として放置されることになったのである。
 それから二百年が経ち、彼女、『博麗霊夢』がこの紅魔館の跡地にある魔法を解決しにやってきたのは、パチュリー・ノーレッジが魔法の完成を約束した期限が過ぎていたためだった。

「かの魔女が呑んだ条件は、期限内の空白地帯の情報的な修復、及びそのことにより生じていた大規模な結界の解除、以上が完了した際の魔法の放棄だったそうです。けれども、後の二つはいまだに成されていません。なので私が代表として参りました」
「ふむ……」
「ただし、普通のやり方ではここに入れず、入れたとしても私の肉体がどうなるかがわからなかったので、式に私の力を封じ込めて送り込み、こちら側で再生させたということです。一度に一つ忍び込ませるので精一杯だったけど、なんとか上手くいきました」

 なるほどね、と私は納得した。
 つまり私の目の前にいるのは、外にいる本体の仮初の肉体というわけだ。
 お互いに存在が不確かな物同士で、会話しているという奇妙な状況らしい。

「ご先祖様は数々の功績を残した偉大な巫女でした。けどこの空白異変だけは解決されなかったために、彼女をいまだにきちんと評価していない者も多い。ご先祖様が解決したくてもできなかった異変を、子孫の私が解決することで、汚名を祓わせていただくつもりです」
「正真正銘、霊夢の意志を継ぐ者ということか。それにしても似てるわね。六代も血が離れてるんなら、全然似てなくてもおかしくないのに」
「いえ、このヒトガタはそこまで器用なものではありません」
「ん?」
「きっと貴方だからこそ、私がご先祖様とそっくりな容姿に見えているんでしょう。私は自分がどういう風に見られているのか、わかりませんから」
「ということは、鏡に映らない吸血鬼みたいなもんなのね」

 巫女との新鮮な会話に、私は静かな昂ぶりを隠せなかった。
 まさか私に記憶として残されている幻想郷が、外ではすでに何百年も経過していたとは。

 空白異変。それがかつての紅魔館の、終わりの始まり。
 そして、パチュリーが生み出したシステムとやらが、私達の日常を成り立たせていた。

 今まで私が気まぐれに外出した記憶というのも、後付けによって作られたものだったらしい。
 私達ゴーストは無意識のままに、同じ嘘を共有していたのだ。
 しかし、今の紅魔館――もしくは私だけかもしれないが――に起こっている状況は、それと矛盾している。
 同じ一日の繰り返しというエラー。パチュリーが死んだことと何か関係があるのかもしれない。

「この魔導書が見つかれば、全ての謎は解けると思っていたけど、そうでもないみたいね」
 
 そう言って、パチュリーが遺した本を見せると、巫女はにわかに興味を抱いた。

「強い魔法は契約によって成り立ちます。この魔導書は術者本人であることの証明になるかもしれません」
「貴方、魔法の心得があるわけ?」
「ええ。巫女とはあまり関係ないかもしれませんけど、あいにく私は『生まれる前から』師が二人いたものですから」

 巫女は本の表紙の文字を指でなぞりつつ、なんでもなさげに言う。

「きっと、システムを成り立たせている装置がどこかにあるはずです。この本に書かれてるかも。えーと……」
「仮にその装置が見つかったとして、どうするつもり?」
「もちろん魔法を止めて、結界を除去します。それが博麗の巫女の悲願ですから」
「つまり、私達はその瞬間に、この世から消える可能性があるということか」

 博麗の巫女が一瞬固まる隙を狙って、私は彼女から魔導書を奪った。
 ついでに、蝙蝠を四つ放ち、彼女の体を拘束する。
 巫女はなすすべもなく倒れ、大声で喚き立てた。

「な、何するんですか!!」
「ひとまず、あんたの役目は終わり。これは目下、私の問題だ。そしてここは私の館で、あんたは招かれざる客。当然の処置でしょ」
「私がいないと、魔法は止められませんよ!!」
「必要外。うちにもまだ専門家は残ってる」
 
 私はもう一匹蝙蝠を飛ばして、外で待っていた司書を呼びに向かわせた。
 扉が開き、小悪魔がおっかなびっくり入ってくる。

「えーと、結局、何が起こってるんですか?」
「小悪魔。今から私と一緒に、すぐに時計台に向かうわよ」
「ええっ、時計台? 何でまた急に」
「話せば長くなるんだけどね」

 私はシステムの在り処が、あの時計台であると確信していた。
 誰でも死ぬ前に、自らの残した秘密がきちんと守られているか、確かめたくなるのが性だ。
 パチュリーを最後に見たのは、時計台のある屋上である。そして、その時以外、あそこで見かけたことはなかった。
 
「このイカれた魔法をなんとかして、繰り返しを終わらせる。だからあんたも手伝いなさい。その巫女は私が後で処理するから、ひとまず放っておいていいわ」
「何とかなんてできませんよ! 魔法は絶対に止めてみせます! ご先祖様の名にかけて!」
「魔法を……止める……時計台……」

 巫女の叫びの後、小悪魔が呆けたように言葉を一つ一つ呟く。
 

 その時であった。こめかみに何かが刺さるような、鋭い痛みが走ったのは。


 私は一瞬、足がふらついたものの、倒れず踏みとどまる。

「……っ……今の何?」

 頭を振って呟いた直後である。
 小悪魔が恐るべきスピードで『私を殴ってきた』。

「なっ!?」

 私は首を傾けてかわした。肌を切られる感触が頬に走る。
 しかし直撃していれば、顔に穴が開いていたかもしれない。それほどの威力だった。
 さらに小悪魔は無言で私に飛び掛かってくる。

「なんのつもり!?」

 ひたすら追撃をかわし続けながら、私は叫んだ。
 攻撃そのものより、攻撃を受けているという事実に驚き、何もできない。
 小悪魔は無表情のまま、狂戦士のような激しさで、両腕を繰り出し続ける。
 そこで、床で動けなくなっていた博麗の巫女が叫んだ。

「レミリアさん! きっと防衛措置です!!」
「どういう意味!?」
「おそらく、魔法を終わらせようとする存在を排除するように、命令が下されているんです!!」
「そっ……!!」

 そんなはずがない、と私は言いかけたが、小悪魔のかぎ爪が鼻先を通過し、口を閉じる。

 頭を戦闘モードに切り替えた。
 体を前に出すと見せかけて後ろに下がり、小悪魔から距離を取る。
 ただし一瞬の動きだ。相手の攻撃を空振らせるのが目的である。
 目論見通り、無防備になった胴体目がけて、鋭く蹴りを叩きこむ。
 小悪魔は身をくの字に折り、床へと倒れていく。私はその体を抱きかかえつつ、叫んだ。

「そんな馬鹿な! どうして私は自由に動ける!?」

 ありえなかった。
 パチュリーがこの魔法を止めに来る外の連中に対し、なんらかの形で防ぐ手段を考えていたというのはうなずける。
 あの魔導書にも、そう書かれていたからだ。私も先程の発言で、その対象として選択されてしまったというのもわかる。

 だがなぜ、私を駒に使わないのだ。
 小悪魔がシステムに操られ、私の方が自由に動ける意味がわからない。

 ともかく、私はプランを若干変更することにした。
 指をパチンと鳴らし、巫女を拘束していた蝙蝠達をかき消す。

「とにかく、時計台に行ってみるしかないわね。あんたもついてきなさい」
「後ろから貴方を撃つかもしれませんよ」
「その胆力があるなら歓迎するわ」

 私は蝙蝠の一匹を帯に変えて、魔導書を腰に結わえ、巫女を引き連れて図書館を出た。
 一階へと通じる階段を、飛んで上っていく。
 扉を押し開けると、

「ちっ……!」

 いきなり襲撃された。左右からの弾幕の挟み撃ちである。
 後退していた私の眼前で、開いた扉が蜂の巣になり、空中を砕け散りながら舞った。
 おそらく妖精メイド達だ。彼女達も小悪魔と同じく、システムの命令を受けて動いているらしい。

「来ますよ!」

 巫女が警告するのと同時に、襲撃者達が姿を見せる。
 話し合いも鬨の声もなく、濃密な弾幕がまっしぐらに飛んできた。
 私は瞬きせずにその構成を測り、空隙を見抜いてギリギリで回避する。
 妖精メイド達は前後の隊列を入れ替えながら、一糸乱れぬ動きで、波状攻撃を仕掛けてきた。
 いつもの牧歌的な『敵襲ごっこ』とは雲泥の差だ。
 彼女達でも、やればここまでできるということを知り、主人として頼もしくなる。
 だが……

「舐めるな」

 洗脳された衛兵の群れに、私は牙をむいた。


「レミリア・スカーレットを、お前達ごときが止められると思ったか!!」


 全身から闘気を放射する。
 間近に迫っていた弾幕が食い散らかされ、その後ろにいたメイド達も、赤にまみれて吹き飛んだ。
 私は廊下へと飛び出した。一方にいるグループ群に向けて、有無を言わさず弾幕を放つ。
 全身を血の色で輝かせた蝙蝠達が、猛り狂いながら廊下を飛翔し、防御が間に合った者もそうでない者も一切区別せずに蹂躙した。
 さらに私は、もう一方のグループ群に、自ら突風となって躍りかかった。
 体内のエネルギーを練り上げ、左右の手にそれぞれ集中。
 一匹の獣となって、迫りくる妖精メイド達を次々に刈り取り、視界に入る者を全て這い蹲らせた。

 存分に暴れ回った後、一回転して床に着地する。
 ざっと四秒半。
 振り返ると、廊下の端から端まで、妖精の絨毯が敷かれていた。

「まぁ、こんなもんでしょうね」

 と、私は巫女の姿が見当たらないことに気付いた。
 不思議に思いつつ戻ってみると、彼女は図書館の入口付近で、尻もちをついていた。

「何をぼけっと座ってるのよ」
「いえ、びっくりして……大人と子供というか、怪獣の行進というか……。でも本気でやることはなかったのでは」
「本気? 冗談もほどほどにしなさい」

 一応、私の大事な部下達だ。消滅しない程度には手加減している。
 それにこの程度の運動では、紅茶一杯分のカロリーも消費できやしない。

 しかし、確かにおかしいとは思った。
 私が――パチュリーの作り出したゴーストだとして、何故これほど強いのか。
 擬似的な肉体であるはずなのに、疲労感や痛みを覚えるというのも考えてみれば妙だ。命令に従わずに動けているという謎も残っている。

「前もグングニルを普通に召喚できたわけだし……もしかして……私だけは本物のレミ……」
「いいえ、紛れもなくゴーストですよ」

 その声は私の淡い希望を、あっさりとかき消した。
 自らの掌をじっと見ていた私は、振り向いて睨む。

「……はっきりそう言われると気分がよくないわね」
「はっ……!? え、えっと悪気はないんです。でも巫女はどいつもこいつも悪気がないのが悪いって、先生からいつも怒られてます」

 両肩を縮めた巫女は頭を下げてから、こほんと咳を一つ。

「これは想像ですが、この魔法は元々、紅魔館の空白を元の情報と不足分の魔力で埋める魔法です。そして空白というのは、元の存在によって作られる型ともいえます」
「ええ。つまり?」
「オリジナルのレミリアさんが残した空白が、とてつもなく大きかったのでは」
「そんなものかしらね」
 
 なんにせよ、今の自分に闘える力が残っているのはありがたい。
 この騒ぎを食い止めるために、すぐに時計台へ向かわねば。

 私は窓の外を覗いてみた。
 相変わらずの雨模様。傘をさして外から向かう手段がないわけではないが、戦闘になった場合に面倒である。
 それに直接向かわずとも、普通に行けば二分とかからずにたどりつける場所だ。

 ……そう。普通に行けば。

「こっちよ。ついてきなさい」

 私達は廊下を進み始めた。
 屋上にある時計台は、紅魔館の三階にあたる。
 館の内部から向かう場合、中央館にある扉の一つから入れる通路でしかたどり着けない。
 私達は図書館から上ったところの廊下、すなわち紅魔館の西棟の一階から、二階へと階段を上り、中央館へと通じる広い廊下を目指して飛んだ。
 その間も妖精達と幾度も遭遇したものの、図書館前で襲撃してきた集団ほどではなく、一瞬で無力化することができた。

「これくらいなら、何度出てきても大丈夫ですね」
「そうね」

 だがまだ安心はできない。
 もし紅魔館のゴースト達全てに、装置を守るための命令が下されているとすれば……。
 妖精メイドは、ほんの前菜。間もなくメインディッシュがやってくる。

 階段を上り、西棟から中央館へと移る広い廊下で、私の能力が警告してきた。

 突然、刃物の群れに囲まれる。

 私は手にした神槍で、それらを払いのけた。
 見れば、同行者の方も何とか避けきったようである。

 廊下の中央に、一人のメイドが立っていた。
 銀でコーティングされたナイフを指に挟む、エプロンドレスの狩人。
 私は目を細めて呟いた。

「咲夜……あんたもやっぱり」

 完全にして瀟洒な従者は、主人である私に対し、無言でナイフを向ける。
 彼女もやはり、ゴーストなのだ。

「あの人、さっき私を追ってきた時より、もっと手強そうな雰囲気です」
「当然。半人前のあんたが敵う相手じゃないわ」

 何か言い返したそうな目で巫女が見てきたが、咲夜を警戒してか、彼女は黙ってお祓い棒を持ち直していた。
 私もグングニルを握り直す。
 銀髪の従者の怜悧な眼差しを見ていると、初めて出会った頃のことが自然に思い出された。
 紅魔館に忍び込み、ナイフと懐中時計のみで、吸血鬼の長である私に挑んできた小娘。
 その能力は常人の域を遥かに超えており、メイド長に就任してから、さらにその腕に磨きをかけていた。
 とはいえ、まだ彼女の実力では、私を脅かすことはできない。

 そう思っていたが――

 咲夜の背後にある窓ガラスが、盛大な音を立てて砕け散り、炎をまとった緑の影が飛び込んできた。

 ひゅう、と私は口笛を吹く。

「これはこれは……さすがの私も未体験ね」

 鮮烈な赤い髪をなびかせ、バキバキと指の骨を鳴らしながら、妖怪が歩いてくる。
 門番隊の隊長を務める、紅美鈴。
 彼女は咲夜以上に、普段と異なる様子だった。お人よしを象徴していたなで肩は筋肉で膨れ上がり、ぬるま湯のようだった表情は、溶岩のごとき剣呑さを醸し出している。
 
 紅魔館が誇る外の盾と内の盾が、並んで立っていた。
 奇しくも、かつて吸血鬼である私に挑み、屈した娘達である。
 だが私はまだ、二人を同時に相手にした経験はない。しかもこの闘気は組み手ではなく、実戦そのものだ。

「……どちらを私が担当しますか?」

 そう訊ねてくるのは、隣に立つ巫女であった。存外、生意気なことを言う。

「どっちも今のあんたじゃ荷が重い。霊夢の域に達したければ、本能に身を任せて動きなさい。じゃなきゃ死ぬわよ」
「御忠告感謝します。けど頭を使わなきゃ死ぬ、それが先生の教えです」

 ふん、と私は鼻を鳴らす。

 先に仕掛けてきたのは、向こうのチームであった。
 美鈴が間合いを一気に詰め、踏み込みと同時に中段の構えから突きを放つ。

 パァン、と空気が鳴った。

 左右に避けていた私と巫女の距離が、風圧によって、さらに広がった。
 廊下の端から端まで届いたであろう気の烈風が、天井から壁、床にいたるまで一瞬にして半壊させる。
 もはや格闘の域を超えており、攻城兵器と変わらぬ破壊力である。
 意識せずとも、私の両頬が持ち上がった。
 
 咲夜が狙ったのは、巫女の方だ。
 時を止めて投げたナイフの束を従えつつ、両手に持った大ぶりのナイフで刃筋の残像を生み出す。
 切れのある動きに加えて予備動作の無さが圧倒的な攻撃スピードを生んでいた。

 加勢に向かおうとする私の眼前で、投げナイフの一群が『横切った』。
 巫女へと向かう前にこちらの動きを予測し、あらかじめ別の角度から投擲していたのだ。
 たった一手で動きを止められたところで、美鈴がすかさず迫ってくる。
 気をたっぷり乗せた彼女の猛烈な回し蹴りを、私はかろうじて両腕で受け止めた。
 
 いい。とてもゾクゾクする。
 この興奮もまた、私が吸血鬼である証だ。

 私は美鈴の体術に、真正面からぶつかり合った。
 珠玉の突きを、強烈な蹴りを、鋭い手刀を、重い肘鉄を。
 曲げた腕で、縮めた膝で、ずらした肩で受け止め続ける。
 一撃一撃をひたすら味わい尽くす。彼女の修練と工夫の数々は、格闘の満漢全席に喩えられた。

 さらに、気の一撃が混じり始め、いよいよ攻撃が激しくなり、こっちの余裕もなくなってきた。
 受け止める手が弾かれ、防御の型を崩される。向こうは全く息を切らさずに、怒涛の連撃を積み重ねていく。
 スタミナも底なしだ。気持ちとしてはあと一昼夜付き合っていたいが、そうも言ってられない。

「はぁっ!!」
 
 私は飛んできた美鈴の蹴りに、正面から力で対抗しようとした。
 技量ではわずかに劣るが、力ではわずかに勝っている。やられるつもりはない。

 しかし、想定外のことが起こった。
 今まで潔く打撃を当てに来ていた美鈴が、直前で軸をずらしたのである。

 蹴りと蹴りが交差する。だがその結果を見逃していた私は、次の準備が遅れた。
 美鈴の腕が、私の喉に容赦なく叩き込まれる。

「ぐっ!」

 カウンターの威力は、予想を超えていた。彼女の燃える闘気は、私の体を貫通し、天井に穴を開けた。
 美鈴は手を休めない。再び、空中で横転する私目がけて、掌底を放ってくる。
 防御は間に合ったが、やはり重い。私はこらえながら、視界の端で向こうの戦闘を見る。

 博麗の巫女がちょうど、咲夜のナイフで串刺しにされているところだった。
 
「ちょっと!?」

 私は思わず声を上げる。
 が、巫女の体は血を流すよりも先に、無数のヒトガタへと転じていた。
 紙人形達は騒々しい風音を奏でながら、廊下に小さな竜巻を起こす。
 咲夜の姿が消え、巫女の攻撃範囲の外に出現した。ナイフの目標が分散されているため、やり辛そうだ。

「なんだ、思ったよりも闘えているじゃないか……」

 こっちも負けていられない。 
 美鈴の猛攻を凌ぎながら、私は反撃の糸口を見つけ出そうとした。
 力ではこちらが有利。この間合いでのスピードはほぼ互角。そしてリーチでは負けている。
 ならば……。

 私は左の拳をかいくぐって、相手の胴に組みつき、力を込めて締め上げた。
 美鈴は一瞬怯んだものの、すぐに肘と膝で私の体を挟み潰そうとしてくる。
 寸前で体勢をスイッチ。一メートルの間合いで行われていた闘いが、三分の一の距離のそれに変わった。
 リーチを生かせなくなった美鈴の動きは、明らかに乱れていた。
 私は蛇のごとく彼女の表と裏を移動し、細かい打撃と投げで重心を崩していく。
 百年前――いや、正確には三百年前の決闘と同じ展開だ。あの時の決め技は、ゼロ距離からの顎への一撃だったか。
  
「久しぶりに食らってみろ!」
 
 ついに生まれた完全な死角に向けて、私は右足を跳ね上げ、ねじりこんだ。
 だが顎にそれを食らう寸前、彼女の瞳が光る。
 半歩下がって、柳のごとく滑らかに回避したのである。剛拳を使う彼女に似合わぬ、柔らかい動き。
 逆さまになり、がら空きになった私の顔面に、彼女は拳を叩きこもうとする。
 
「よし……計算通りの成長だ」

 その鉄拳をつかんで止めていた私は、そう言って笑った。
 この距離では必殺の突きも威力は半減。阻止するのは難しくはない。
 詰めが甘かった門番を、私は戦闘中のメイド長に向かって力任せに投げ飛ばした。
 咲夜は当然のごとく反応し、回避しようとして――私の蝙蝠が足に絡みついているのに気づいたらしかった。
 味方を秘かに援護するのは、彼女の専売特許ではない。

「はぁ!!」

 印を結んでいた巫女が、溜めこんだ霊力を放った。
 極太の光芒が、咲夜と美鈴の中間で炸裂し、音と光で空間を揺るがした。
 
 見た目通りの威力はあったらしい。
 轟音が過ぎ去った後には、大穴の開いた絨毯の側で、仲良く伸びている二人の部下がいた。
 コンビネーションでは彼女達が勝っていただろう。
 おそらく、私と美鈴を一対一にしたのは作戦であり、巫女を咲夜が速やかに仕留められなかったのが敗因だった。
 もちろん、この巫女の実力を見くびっていたのは、私もだったのだが。

「それにしても最後にあんたが使った技、私が言うのもなんだけど頭脳派にしちゃずいぶん乱暴な術ね」
「こ、これは師匠直伝の魔法でして……そちらは先生と違って火力が信条な御方なので」

 ポーズをとっていた少女は、慌てて気を付けをして、何やら恥ずかしげに弁解する。
 その師匠と先生について、いろいろ問い訊ねてみたかったが、その機会はまた後ほどにすることにした。
 目標はまだこの先だ。
 
「一つ提案があるんだが」

 私はニヤリと笑って振り返る。

「屋上に着いたら、私と弾幕ごっこで決闘してみない? 勝ったらそっちがこの魔導書で好きにすればいい。負けたらあんたは私の命令を聞くこと」
「……先を急ぎましょう。こっちでいいんですよね」
「クソ真面目な巫女ね。霊夢とはやっぱり違うな」



 ◆―◆



 中央館の奥にあるその扉は他のものとさほど見分けがつかないために、長らく秘密の扉としてメイド達の噂になっていた。
 たとえ見つけて入っても、しばらく明かりがない通路が続くために、奥に階段があることに気付くのは難しい。
 好奇心にかられて潜り込み、迷子になる連中が後を絶たなかったためか、咲夜は空間を操作して扉の位置を隠してしまった。
 とはいえ、主人である私は当然場所を知っている。見つけて開けるのは簡単だ。

 階段へと通じる狭い道を、私達はわざわざ歩いて進んでいた。
 博麗の巫女の方が、暗闇に慣れていないらしく、手を引いてやらなくてはいけなかったからだ。
 紙で出来ている割には、妙に温かい手である。

「すみません、ご迷惑をおかけして……」
「単なる酔狂だ。気にするな」
「酔狂……」

 何気ないその一言が、巫女の耳に引っかかったようである。

「どうしてレミリアさんは、あのゴースト達と違って、自由に物事を考えられるんでしょう」

 私は彼女の手に噛みついてやりたくなる気持ちを押さえ、淡々と言った。

「咲夜も美鈴も、システムとやらから妙な命令を受ける前はそうだった。誰もが普通に物事を考えて、毎日を過ごしていたんだ。もし私達がゴーストであっても、機械と一緒にされたくない。口を慎め」
「………………」
「私は紅魔館の誰一人として、この騒ぎの犠牲にするつもりはない。お前が私の部下の命を奪っていたら、その場で私が消していた。紅魔館の主として、私はこの館にいる存在を守る義務がある」

 けれども、私はすでに守れなかったのだ。パチュリーの書き残した事実が、正しければ。

 回り続けなければ倒れてしまい、泳ぎ続けなければ呼吸ができない。おそらく今の私は、そんな状況にある。
 先送りにした問題が、これから全て降りかかってくるだろう。これはきっと、そのための助走段階。

「優しいんですね」
「はぁ?」

 階段の前まで来た私は、上げていた片足を下ろし、振り返る。

「吸血鬼って、もっと冷たい生き物だと思ってました。血を吸いそうだし」
「必要ならあんたのも遠慮なくもらうわよ」
「触らないでください!!」
「冗談だってば。紙の巫女から吸っても美味くないわ。一体誰にどんな教育されてきたのか知らないけど、私は優しいんじゃなくて、単に相応しいことをやってるだけだ」
「でも私にも今、親切にしてくれるじゃないですか。さっきだってアドバイスしてくれたし……ぶっきらぼうだけど……」
「それはね。あんたが私の知っている霊夢に姿はよく似ているけど、性格が全然似てないからかもね」

 階段を上りながら、私は心の中で、かつての博麗霊夢と今手を引いている巫女を比べてみた。
 見事に容姿だけしか重ならない。

「そういうのを見ていると苛つくのよ。けど、放っておくのも寝覚めがよくない」
「ご先祖様については、私も色々不思議に思っています。たとえば、どうして魔女の言うことを聞いて、この異変を自力で解決しようとしなかったんでしょう。私と同じ手段を思いつけなかったとは考えにくいですし、やる機会はきっと何度もあったはずなのに」
「サボったんじゃない?」
「……孫の孫としては、そんな理由ではなかったと思いたいです」

 そんな話をしているうちに階段が終わり、屋上へと通じる扉についた。
 私は取っ手に手をかけて、しばし息を止める。

 デジャヴだ。パチュリーが死ぬ前日に、この向こうで時計台を見つめていた記憶が蘇った。
 彼女だけはゴーストではなく、本物のパチュリー・ノーレッジだった。
 あの時、どんな言葉をかけたのか、よく思い出せない。それでも彼女は、私に救われたと書き残していた。

 もっと、もっと話したかった。
 紅魔館の配役ではない、本物のパチュリー・ノーレッジに対して、ゴーストの立場から親愛の情を伝えたかった。

「レミリアさん?」
「ええ、わかってる。今開けるわ」

 私は瞼を固く閉じたまま、そう言った。

 とそこで、間抜けなことに気付く。

「しまった。外は雨だ。傘を持ってくるべきだったわね」

 後ろから伸びた巫女の手が、扉の取っ手にかかった。
 彼女は外に顔を出して言う。

「止んでますよ。さっきまでの雨空がウソのようです。非常事態だからでしょうか」
「なんだ。だったら外から行けばよかったわ。待ち伏せはないのね?」
「えーと……誰か立ってます。あれ? レミリアさんに似てる可愛い女の子……」
 
 私は全力で、巫女の体を引き戻した。
 直後、『波紋』が周囲の壁も階段も、無造作に粉砕した。
 防御が間に合わなければ、私も巫女も同じ結果になっていただろう。
 館を揺るがす鳴動が落ち着いてから、巫女が慌てふためいた声を出す。

「なななななな、なんですかこれ!?」
「……忘れてたわ。主菜よりも、もっと面倒なデザートが残ってた」

 思わず舌打ちしながら、私は屋上へと姿を見せた。
 ちりちりとした嫌な気配に引かれ、自然と視線が持ち上がる。

 時計台の上に、悪魔が立っていた。

「いらっしゃーいお姉様」

 夜空に浮かんだ銀貨の光を浴びて、左右の羽の宝石が透き通っていた。
 ダークブルーの背景に七色の光跡を描いて、彼女は屋上の床に降りてくる。
 金髪の下で、爛々と輝く赤い瞳。
 この世でもっとも苦手な吸血鬼に、私は臆することなく相まみえる。

「フラン、そこをどきなさい」
「嫌」
「今はふざけている場合じゃないわ」
「ふざけているのはお姉様の方なんじゃない? 幽霊なのに自由に歩いちゃってさ。その巫女を連れて、時計台で何するつもりかしら」

 彼女が普通に喋っていることに、私は少なからず驚き、固まった。

「貴方……自分がゴーストだと気付いていたわけ?」
「ううん、さっき気付いた。だからここでお姉様を止めるために待ち受けていたの。天からの啓示ってやつ」

 阿呆が。それは天の声ではなくて、大迷惑な魔女が作った大迷惑なシステムの命令だ。
 指を上に向けて鼻歌まじりに明かすフランドールに、私はそう毒づきたくなった。
 巫女が後ろから、及び腰で訊ねてくる。

「あの吸血鬼……レミリアさんの妹さんですか?」

 私は視線を明後日の方向に向けたくなる気持ちをこらえ、思うままに答えた。

「残念ながら、まさしく私の愚妹よ」

 そして、全てをぶつけても勝てるかどうかわからない相手である。
 フランドール・スカーレットは、我が妹ながら恐るべき化け物だった。
 彼女がシステムの命令で動いているのであれば、これほど厄介な障害もない。

 だがどうも話を聞いていると、フランドールは自分の意志で私達を止めにきているらしい。

「それでー? さっきの質問の続きだけど、お姉様は何しにここに来たわけ? お月見に来ただけなら、その本を渡してくれると嬉しいな。それがないと時計台に入れないみたいだから」
「この魔法をいじるために来た。あんたも私の妹なら、協力しなさい」
「そっちの巫女は?」
「私の助手。もしくは敵。そしてそれはこれから決めるところだった」
「へぇー」

 ピクニックの相談でもするような口調で、妹は続ける。

「でももしその巫女がお姉様を出し抜いて、魔法を終わらせちゃったら、私もお姉様も消えちゃうかもよ。もちろん、お姉様が魔法の操作に失敗してもね。それでもいいの?」
「雨続きは嫌いなのよ」
「私はずっと地下室にいるから、どっちでも構わないわ」
「自分勝手な屁理屈はやめなさい。世間に疎い子供は関わらなくていい」
「たかだか五年長く生きてるだけで、年長者面されちゃたまらないね」
「お望みなら、その生意気な尻をぶって、五年の決定的な差を教えてやろうか」
 
 ふざけた台詞の応酬とは裏腹に、私の焦燥は加速していた。
 こうして対峙している間も、フランドールには全く隙がない。
 会話をしつつ、いつでも飛びかかって先手を取れるよう準備していたのだが、むしろこっちが隙を見せぬよう神経を使わなくてはならない有様だった。
 すでに互いの手に、得物は召喚しているのだ。直撃すれば、一瞬で勝負はついてしまう。

 そして、いつでもその剣を姉に直撃させることのできる気質こそが、狂気の妹、フランドール・スカーレットの本当の恐ろしさだった。

 まさしくこいつは吸血鬼の権化で、戦闘の天才。
 時間が許すなら、隣の巫女にこれがただの姉妹喧嘩とはまるで異なるという事情を、懇切丁寧に伝えておきたい。
 だがそのための猶予もなさそうだった。

「私はね。魔法を操作する必要はないと思うわ。この世界大好き。だって、お姉様を壊しちゃったとしても、元通り修復してくれるんだし、嫌なことは眠る度に都合よく忘れられるし、最高よね」
「今の話を聞いて、ますますあんたにこの魔導書を渡せなくなった」
「ふふふ、お姉様に、それを渡すか渡さないかの選択肢なんてないわ。私に拾うか拾わないかの選択肢があるだけ。もちろん……私は拾うけどね」

 フランドールの両目が、さらに赤みを増した。
 手に持った杖に炎が走り、剣の形をとった。
 私もまた、自らの力を解放し、愛用の槍を召喚する。持てる力を惜しまず、戦闘に没頭しなければ、こいつには勝てない。
 屋上の床がひび割れ、空気がパチパチと乾いた音を立て、

「弾幕ごっこ? チャンバラごっこ? お姉様はどれがお好きかしら」
「チャンバラで行きましょう。ただし、ごっこは無しで」
「OK」

 瞬間、私達は同時に『弾幕』を放った。
 多色の光弾が空中で衝突し、空気の温度が一気に高まる。その余波で粉塵が巻き起こり、視界を遮った。
 即座に空中へと飛ぶ。時計台を壊すわけにはいかない。そこは向こうも心得ているらしく、すぐに同高度まで上昇してきた。
 
「本当! お姉様って一番楽しい遊び相手だわ!!」

 縦の一刀を、私は槍で受け流す。
 そのまま回転しつつ、相手の脇腹目がけて一撃。だがフランドールはぐにゃりと体をねじって、回避してのけた。
 通常ではありえない体勢から、踊るように魔剣を一閃。紙一重でかわした切っ先が、私の前髪を焦がしていく。
 炎は食らってもいい。芯だけは食らうわけにはいかない。隙を見せればぶっ壊される。 

 それから二呼吸、秒間数十合の斬り合いが行われた後、私は膂力でフランドールを弾き飛ばした。
 極彩色の影が、投げた棒切れのように回転しながら飛んでいき、屋上の手前でぴたりと止まった。
 あくまで時計台だけは渡さないという位置取りだ。と同時にシステムの在り処を盾にすることによって、私の弾幕を牽制している。

 不満げな妹を見下ろしながら、私は挑発する。

「どうしたの。前はもっと動きにキレがあったわよ」
「うーん、やっぱり四分の三じゃあ、お姉様の相手をするのはキツいかなー」
「…………なっ!?」
 
 その意味に気付き、私の余裕が吹っ飛んだ。
 視線をずらして見れば、屋上に残っていた巫女と、『もう一体のフランドール』が対面している。
 妹の得意な分身の魔法だ。私も作れぬわけではないが、彼女ほど卓越してはいない。
 しかし、それよりも何よりも、今の競り合いを四分の三の力で行っていた相手に、鳥肌を禁じ得ない。
 善戦していい気になっていた自分がバカのようだ。

 ――レミリアさん!

 耳元で、巫女の声がした。
 横目で確認すると、ヒトガタが肩に張り付いている。

 ――そちらはどうなってますか。

「あんたのせいで、ぬか喜びしちゃったところよ」

 小声で文句を言う。

「そっちはどうなの。四分の一の妹だけど、勝てる自信は?」

 ――正直やりにくいです。それに、こっちも簡単に全力を出せない事情があるんですよ。

「そんなこと言ってられる状況じゃないわよ」
 
 今この場でフランドールを負かさなければ、私達に未来はないに等しい。

 ――作戦が一つあるんですが、上手くいくかどうか。

「ちょっと待って」

 と私が言った直後に、『ちょっと』で済みそうにない砲弾が、勢いよくぶつかって来た。

「よそ見は禁止!!」

 そう言って嗤うフランドールの突撃に、私は為すすべなく押され続け、紅魔館の外壁に叩きつけられた。
 神槍と魔剣が噛みあい、込められた力が衝突、スパークして網膜を焼く。

 私は力比べに付き合わずに、思いっきり体をねじって脱け出した。 
 間合いが離れた瞬間、私達は鏡に映したように同じ動きを取る。

 向かい合った掌の先で、弾幕が発動した。
 
 閃光、爆発、閃光、爆発、爆発、閃光、爆発、爆発、爆発、爆発。
 スペルカードとは全く違い、より効率的に相手を仕留めるという機能美しか、そこにはない。
 相殺しきれなかった光弾が飛んでくる。私は細心の注意を払ってかわした。
 絶対に相手に隙を見せるわけにはいかない。隙を見せるわけには……

「うっ……!?」

 弾幕と共に、フランドールの姿が消えていることに気付き、私はうろたえる。
 殺気が背後に出現した。化けていたのだ、私が回避するだろうと読んで、弾の一つに。
 振り向きざまに、グングニルで突こうとするものの、すでに視界の端では、魔剣をフルスィングしている吸血鬼の姿があった。
 間に合わない。私は覚悟を決めた。


「あー!? もう!!」


 不満の声と共に、今にも私を薙ぎ払おうとしていた魔剣が、直前で軌道を変えた。
 どこからともなく飛んできた光線が、その刃と衝突し、角度を変えて前庭の木々を吹き飛ばした。

 その隙に私は離脱する。背中に冷や汗をかいていた。
 気付けば、側に巫女が浮かんでいる。今の光線は彼女の援護だったのだ。 
 余計なことをしてくれる。どうせ助けに来るならもっと早くに来い。危うく身長が半分になるところだ。

「手強いですね……。やっぱり吸血鬼って、好きになれそうにないです」
「同感だ。あれでも黙っていれば可愛いんだけどね」

 「お姉様に言われたくないよーだ」とフランドールが舌を出していた。
 さっきから私の命を脅かし続けていた、炎の大剣を背中に担ぎながら。
 これが全部魔法だというなら、あの妹の性格も、せめて物騒な得物を使って語り合う必要のない、もっとまともな手段で可愛がれるものに変えてもらいたかった。

 私は頭を軽く振って気を取り直し、巫女に訊ねる。

「それで、さっきの作戦って? 二人であいつを相手にするってこと?」
 
 闘う前からわかってはいたものの、やはり正面からフランドールにぶつかって勝てる確率は低い。
 卑怯だろうと何であろうと、二人がかりで何とかできるのであれば、それに越したことはない。
 しかし私と巫女のコンビネーションについては、前の戦闘で落第の判子が押されている。
 せめて、咲夜か本物の霊夢が隣にいれば……と私はどうにもならないことで悔やむ。

 巫女は私のそんな葛藤など、一切察していない様子で、

「見たところ、彼女は強敵です。おそらく、レミリアさんでも勝てない相手。違いますか?」
「訂正しろ。勝てるとは言い切れない相手だ。誰が何と言おうと、そこだけは譲れない」
「強がるよりも聞いてください。私達は彼女に勝つ必要はないんですよ。時計台のシステムさえ押さえれば、勝利にぐっと近づけるはずです」

 正しい。
 魔導書はまだこちらの手にある。システムの中枢を押さえてしまえば、フランドールもおいそれと手は出せないだろう。
 だが背を向けて時計台に向かえば、すかさず妹にその隙を仕留められるのは確実だ。
 どちらの運命も奈落行き。となれば、小細工か奇策で新しい道を探る他ない。 

「耳を貸してください」
 
 私はフランドールの姿を睨みつけたまま、黙って巫女の提案を聞いた。

「………………」

 思わず目を剥いて、隣の横っ面を凝視しそうになった。

「……私にそれに協力しろというの?」
「信じてください」

 そう言う彼女の声は真剣そのものだ。
 しかし人間は保身のために、真剣に他者を騙すこともできる狡猾な種族である。
 信じるべきか、否か。運命の分かれ道は、こうしてる間も迫っている。

「ねー、まだなのー? 相談が終わったんなら、そろそろ行くよー」

 フランドールは手を後ろに回し、足をぶらつかせて余裕をかましていた。
 私は結局、決断した。

「いいだろう。その作戦、乗ってやる。けど一つだけ忠告しておこう」
「え?」
「…………」

 私は巫女に小さく言い残して、妹と向き合った。

「フラン。ここからは、私も本気で行かせてもらうわ」

 こちらの宣言に対し、フランドールはわざとらしく、小指で耳をほじり始める。

「え、何? よく聞こえなかった。ハッタリがなんだって?」
「本気で行くっていったのよ。妹相手に本気を出すなんて大人気なかったけど、この状況じゃしょうがない」

 彼女の表情から笑みが消えた。
 続く台詞の温度計が、一気に氷点下を示す。

「大人気なかった……へぇ……そういうこというんだ」
「ちなみにあっちの巫女は立会人に変わったわ。一切の手出しは無用。私とお前だけで決着をつける」
「嘘つき。どうせ私とお姉様が闘ってるうちに、あの時計台に魔導書を持って先回りするつもりなんでしょ。それくらい読めるわ」
「これはパチェの大事な遺産だ。赤の他人に触れさせはしない」

 私は腰に結わえている、魔導書を見せつけてやった。
 鼻白む妹を、せせら笑う。

「小細工なんて必要ない。ガキには私一人で十分ってことよ」

 先程の余裕はどこへ行ったのか、フランドールが、目に見えて怒り出した。
 彼女は普段、感情の起伏に乏しい。それだけに一度熱した後、どうやって冷ますかを知らない。

「私が格下だって言いたいのね……」
「その通り」
「いいのかな、そんなこと言っちゃって。取り消さないと、お姉様のプライドが粉々になっちゃうかも」
「好きにしろ。私はその、のぼせきった頭を粉々にしてやる」
「………………!!」

 怒りの気配がついに爆発した。
 フランドールの姿が消散し、私は首筋に風を感じた。
 さっきよりも格段に速い。見てからでは決して間に合わぬ速度の斬撃。
 だが彼女の必殺の一撃は、私の体を『すり抜けた』。
 空中でたたらを踏んで、彼女は振り返る。

 理解できなかったのだろう。
 妹は手に持った炎の魔剣と、私の姿を見比べていた。

「絶対当たったと思ったのに……どうやってかわしたの?」
「かわしたんじゃない。お前の剣が勝手に違う場所を通っただけだ」
  
 冷静に教えてやるものの、フランドールは相変わらず目を白黒させていた。
 だがすぐに、次の手を放ってくる。

「これならどう!?」

 フランドールの弾幕が視界を埋め尽くした。
 窒息しそうになるほどの密度の中、私は右に二歩移動し、わずかに身体を屈めて、左足を後ろに三センチほど伸ばした。
 まるでワインの瓶を落っことしそうになっている妖精メイドの真似をしているみたいだが、フランドールの弾幕は、一切私の体に傷をつけなかった。

 今度こそ度肝を抜かれたらしく、続くフランドールの声は所々裏返っていた。

「こ、これならどう!? これなら!? これなら!?」

 力任せの雑な弾幕が、連続して私に迫ってくる。
 普通の飛行でも回避が可能だったが、私はわざと空中を歩いて、それをかわしてみせた。
 ついに黙り込んでしまった妹に、種明かしする。

「咲夜がどうして、私の軍門に下り、忠誠を誓ったのか、知らなかったのね」

 時間を操る能力。それは吸血鬼に反撃を許さず、狩ることができる力。
 かつて、十六夜咲夜の名を与える前、狩人だった彼女はその能力に絶対の自信を持っており、私を殺すことなど造作もないと信じ込んでいた。
 だが、時間の絶対性と使用者の絶対性はイコールで繋がりはしない。彼女は私に敗れ去ることで、ようやくそれを悟ったのである。

「そんな……」

 そして今、我が妹もまた悟ったようだ。

「未来を予知してるの!?」

 私は堂々とうなずいた。

「運命とは多数の意思が介在する巡り合せによって作られるものだ。無論のこと、その意思が強ければ、よりはっきりと私の目に視える。殺意なんて電飾つきで主張してるみたいなものなのよ」
「………………」
「時を止めようとする前に、倒せばいい。剣がこちらに届くタイミングに合わせて、動けばいい。私に攻撃は当たらない。これぞ運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレットの絶対防御。そして……」

 私は無造作に、攻撃を放った。
 たった数十粒の、弾幕といえぬほどの物量を飛ばす。
 そしてフランドールはそれを、次々と自分から命中するような形で食らった。
 残った弾幕は時計台の側を過ぎていくが、その多くも彼女の体をかすめたものであった。

「絶対にかわせぬ攻撃を作り出すことも可能というわけさ」

 当代の博麗の巫女が、驚嘆の表情を浮かべていた。
 これまた、あの霊夢とは大違いである。彼女は『勘でいいじゃない勘で』と身も蓋もなかった。
 そしてフランドールも、たじろいでいたのは僅かな時間でしかなかった。

「ふん、やっぱりハッタリね。私、攻略法わかっちゃった」
「へぇ……?」
「つまり、運命の絶対性イコール使用者の絶対性ではない、ってことでしょ?」

 妹の持つ魔剣、レーヴァティンが短くなった。

「たとえ読めてもかわせない状況を作り出せばいい。運命の予知を超えるスピードを、私が実現できれば勝ち。実現できなければ負け。結局は、シンプルな強さ比べ」
「その通り」

 まさか、すぐに答えにたどり着くとは思わなかった。やはり私が相手しているのは、化け物なのかもしれない。
 さらに付け加えるなら、運命を視るということは、現実の光景から意識をそらすということでもある。 
 決してリスクがない技ではなかった。特に、刹那で決まる斬り合いにおいては。

「やっと……ようやく本気で……」

 フランドールが何かを呟くのが、かすかに聞こえた。
 けれども彼女が何を言いたいのか、私にはよくわかっていた。

 私達は吸血鬼。常に明日へと挑戦し、闘いを求める種族。
 けれども私達は姉妹。互いの本気をぶつけることはできない。

 そして今私達が置かれている状況こそ、望みが実現できる舞台だった。
 パチュリーの魔法が私達にくれた贈り物といえるかもしれない。
 フランドールの目的は、本当にシステムの掌握なのだろうか。
 あるいは私を本気にさせるために、ここで障害となって立ちふさがることを選んだのだとしたら……。

「来なさい、フラン」

 私がそう言うよりも速く、彼女は間合いに飛び込み、魔剣の切っ先を喉に向けてきた。
 大振りではなく、鋭く、正確に。そして避けられたとしてもすぐに次の手を打ち、息つく暇を決して与えない。
 速い。速過ぎる。枝分かれした運命の枝を伐採する勢いで攻めてくる。

 間近で妹の――吸血鬼の笑みを目視し、私も牙が伸びるのを自覚した。
 興奮してはいけない。冷静に運命を対処しなくてはいけない。
 そうわかっていても、これは……血が沸騰しそうだ。

 制御しきれぬエネルギーが、私の体を巡る血管から飛び出して、直接フランドールを襲った。
 私は槍を振るう。突いて、斬り払って、投げつける。我を忘れて、本能に任せて。
 相手もまた、本能のままに剣を振るっていた。けたたましい声を上げて。

 予知とスピードのデッドヒート。私の能力をもってしても、勝敗の行方が猫の目のように変わる。

 そして最後の瞬間。
 ほんのわずかな差で私は彼女を振り切り、ゴールテープを切っていた。

 結着がついた。
 私の槍は、彼女の首を刎ねる直前で停止していた。

「…………ねぇ」

 グングニルの穂先をつまんで、つまらなそうにフランドールは言う。

「なんでここまで来て止めちゃうの」
「…………」
「ゴーストなのよ、私もお姉様も。だから遠慮なんていらないのに」
「ゴーストだろうとなんだろうと、斬れないものは斬れないわ」

 私は正直に告白する。どれだけ闘争に溺れていても、この槍にこれ以上力を込めることはできなかった。
 そんな運命、私は願い下げだ。姉妹喧嘩の先は必要ない。

 「ちぇっ……」と妹も寂しそうに笑って、持っていた魔剣を手放す。
 炎の刃は消え失せ、ただの歪に歪んだ鉄杖となって、消失した。
 彼女はバンザイして、

「仕方ないなー私の負けでいいよ。どうぞ、お姉様の好きにしてちょうだい」
「珍しく聞き分けがいいわね」

 私も低く笑って、グングニルを消した。

 突如、世界の気配が一変する。

 横殴りの雨が私達姉妹を襲ったのだ。

 金切声をあげるフランドールを、私は急いで庇った。
 背中に雨が降り注ぎ、意識が白むほどの激痛が走る。

「くっ……うううううう!!」
 
 私は歯を食いしばり、瓦礫の下へと避難した。
 ぐったりと動かなくなった妹を揺さぶり、

「フラン! しっかりして!」
「………………」

 ダメだ。完全に気を失っている。 
 生まれてからずっと紅魔館の中で過ごしていた彼女は、こうした吸血鬼の弱点の刺激になれていない。
 しかしどうして雨が急に……。

 その時私は、あの夢の感覚を取り戻していた。
 この紅魔館を覆い尽くし、遥かに高次から見下ろす超越者の存在を意識する。
 
 稲妻が空を裂いた。

 そして、やはりあの幻影を、私は見ていた。

「パチェ……」

 否。あれは決してパチュリーではない。
 パチュリーがこのシステムに残した意志だ。
 誰であろうと、魔法を止めさせはしない。彼女の強い思念が、このシステムに巨大なエネルギーと敵意を注いでいる。

「レミリアさん!」

 その声に、私は瓦礫の隙間から顔を出した。
  
 稲妻が巫女に直撃するのが見えた。
 散り散りになったヒトガタを、さらにいくつもの雷撃が執拗に攻め立て、跡形もなく灰にしてしまった。



『レミリアさん! 今すぐグリモワールを!』



 私の耳元で、ヒトガタが喚いた。

 稲妻が仕留めたはずの巫女を見失い、空中で輪を描いたりして暴走していた。
 システムが慌てふためいているのを見ているようで、実に痛快である。

「今頃気付いたか」

 フランドールとの闘いは、あくまで余興。ずっと先延ばしてしまっていた、姉妹同士の語らいに過ぎない。
 私の真の目的は、システムの操作にある。
 そしてそちらは、すでに半分『勝利していた』。

 私の相方は、とっくに時計台内部に潜り込んでいたのだ。

 
 ◆―◆


「時計台に侵入する?」

 巫女の策を耳打ちされた私は、小声で問い返した。

「そうです。私がレミリアさんをサポートしても、悔しいですが、足を引っ張ってしまいそうな気がします。だから私は私が一番この状況で役に立てそうなことをすることにしました」
「私があんたに、この魔導書を預けるとでも思ってるなら、あんたあの霊夢よりも、おつむがおめでたいわ」
「魔導書はいりません」

 巫女はきっぱりと言った。

「さっきの妹さんの攻撃で、思い出したんです。このシステムは式一つ分の霊力を感知することはできない。だから私は式の一つに意思を統一させて、レミリアさんの弾幕に紛れて時計台に向かい、そこから潜入します。力は百分の一になってしまいますが、この場合、余分な力は気付かれやすくなるから、むしろ好都合です」
「………………」
「リスクの分散ですよ。もしレミリアさんが勝てば、その時こそどうするか相談しましょう。そしてレミリアさんが負けても、私は時計台の内部にいるから、妹さんを出し抜くこともできるはず。このまま二人ともやられてしまうのが一番損です」
「本気で言ってるの? 私にそれを協力しろっていうの?」

 やはり彼女は、頭がおかしくなったのではないかと思った。
 なぜなら私達はフランドールという壁を前に共闘しているだけであり、そもそも目的を異にする敵同士なのだ。

「仮に私が負けて、あんたがフランを出し抜いたとして、私の……紅魔館のメリットになる保証は?」
「信じてください」

 その時、ゴーストである私の心に、紛れもない、ヒトガタの向こうにいる生身の少女の意志が伝わった。

「私だって、レミリアさんと同じく背負ってるものがあるんです。師匠や先生から、ずっとご先祖様の話を聞かされて育ってきたんです。子供のころからの夢なんです。博麗霊夢にできなかったことを、私はやり遂げたいんです」
「………………」

 意図が通じていない。成功するかどうかの話ではなく、信じられるかどうかの話なのだ。
 けど私は、彼女の目を見ているうちに、何故だか提案を呑む気になってきた。
 悪い癖だ。脅威に震えず立ち向かおうとする人間を見ると、ついその先が見たくなってしまう。

「いいだろう。その作戦、乗ってやる。けど一つだけ忠告しておこう」
「え?」
「この異変が終わったら、もうご先祖様にとらわれるのはやめなさい」

 虚を突かれていた巫女に、私は微笑んで諭す。

「あんたは私達のようなゴーストじゃなくて、本物なんだ。だから過去に縛られて生きる必要はないよ」

 ただし私も、過去に縛られるつもりはない。ひたすら前に進む。それがスカーレットの家訓なのだ。




 ◆―◆




 私の運命の講釈は、決してただの決闘前の口上ではなかった。
 弾幕をフランドールに放ち、運命の力を示してやった時、彼女は『時計台を背にしていた』。
 妹はまんまと騙されていた。
 その弾幕の中に化けたヒトガタが紛れ込んでいるとは、全く気付いていなかっただろう。
 それこそが巫女の精神を宿した本体であり、今まで私達の決闘を見守っていたのは全てダミーの群れだったのだ。
 もともとこの作戦は、フランドールに万が一私が負けた時の保険だった。けれどもシステムが本格的に私達を止めに来た今、唯一の希望にとってかわった。
 
 私が雨でここを動けない状況の中、彼女はシステムの喉元に達している。
 導火線は送り込んだ。
 あとはこの火を、システムの鍵となる魔導書をどうやって、時計台の中に送り込むかだが……。

「お姉様……」

 弱々しい声に、私はハッとなって、膝の上に乗った顔に意識を向ける。

「私なら、あの壁、壊せるよ」

 痛いとも辛いとも言わず、妹はそう言って微笑んでいた。
 この瞬間、私は唯一の肉親を、心の底から愛していた。
 こんなに消耗した状態であっても、前に進もうとしている妹を。

「……そうね。あんたもスカーレットだものね」
「うん……ゴーストだけどね」
「タイミングを合わせなさい。ただし、中身には絶対傷つけないこと。できるわね」
「できる」

 フランドールの右手が、震えながら持ち上がる。
 私は折れそうなその腕を、しっかりと支えてやった。
 顔をのろのろと時計台の方へ向けた妹は、何かを小さく唱えた。
 伸ばした五本の指が、徐々に曲がっていき、

 きゅっ……と握られた。

 時計台の外壁に、大穴が開くのが見えた。
 そこに、巫女が立っていた。こちらに気付き、大声で呼ぶ。

「レミリアさん! 早く!」

 私は最後の体力を振り絞り、彼女に向かって、パチュリー・ノーレッジの『内なる司書』を投げつけた。 
 システムはおそらく、マスターには手を出せない仕様になっているはず。
 ならば魔導書はこのまま妨害を受けることなく、巫女の手に届く。
 
 だが、私の淡い期待を、魔女の築いたシステムは賢しく見抜いていた。

「そんな……!?」

 魔導書を狙った攻撃は稲妻ではなく、大風だったのである。
 あっさりと、本は傷つけられることなく、空中へと連れ去られた。
 
 私は牙を噛みならし、呻き声をあげた。
 万事休すだ。雨の中では、もはや取り返す手段がない。
 稲妻の龍が待ち構えているこの状況では、巫女もあそこから出ることはできない。
 運命は最後の最後で、私達を裏切った。


 いや……あれはなんだ。

 巫女が空に向かって、手を伸ばしていた。
 右手の指から、糸が伸びている。
 運命の糸。だけではない。それは彼女自身が生み出している、魔法の糸だった。

 まさか……私は魔導書の方に素早く視線を飛ばす。
 雨風にさらされてはためくその本に、五つの糸が絡まっていた。

 知っている。あれは人形を……人形を操作する糸だ。

 はっ……と私は、乾いた笑みを漏らす。

「……師匠と先生がいるんだから、巫女よりも魔法使いの方が似合ってんじゃないの、あいつ」

 意識が遠ざかる中で、巫女がシステムから魔導書を取り戻すその瞬間を、私はしっかりと瞳に焼き付けた。




 ◆―◆




 無限の時間が過ぎたような気がしていた。
 目が覚めた私は、崩壊した屋上に寝そべっていた。

 そう。消えずに残っていた。

 紅魔館も、寝ている妹も、全て残ったままで、雨だけが止んでいた。

「上手くいきましたー!!」

 時計台の戸が開き、巫女が飛び出してきた。
 えらく、はしゃいだ様子で、こちらにまっしぐらに飛んできて、抱きついてくる。

「レミリアさん、やりましたよ!」
「…………?」
「この場所を守らせるという命令を凍結させたんです。物凄く複雑な魔法でしたけど、事前にたっぷり予習してきたから、すぐに該当箇所を見つけることができました」
 
 私はその説明を何とか呑みこもうとする。
 つまり、彼女は魔法の設定を都合よく変えてしまったらしい。
 だが、それは私の望んだ通りのやり方だった。博麗の巫女に必要だったわけではない。

「なんで私を欺こうとしなかったの? 魔法そのものを全て消去すれば、一挙に異変を解決できたんじゃなくって?」
「確かに異変を解決するのが私の仕事ですが、魔法を全部消して異変が解決されるかどうか不確かでしたし……」

 巫女はちょっと、はにかんで言う。

「それに、せっかくレミリアさんと知り合ったばかりなのに、もったいないかなって」
「あ、そ」

 私は苦笑した。この時代の霊夢は、あの霊夢よりも真面目すぎるのが難点だが、なかなかいじらしい性格をしているらしい。
 とにかく、またもや私は賭けには勝ったということだ。
 彼女の手を借りて、私は立ち上がった。

「来てください。見せたいものがあります」




◆―◆





 というわけで、バトルシーンでしたー。いやー、改めて読み直すと趣味が爆裂しているというか(笑) このシーンを作中に盛り込めなかった理由は、システムのつじつま合わせをする時間がなかったこと、そしてバトルが作品の焦点からずれてしまっていたということです。けど自分としては藍様の尻尾を描き忘れた状態で絵を投稿してしまったような気分だったので、あれほどたくさんの評価をいただいたというのは意外でした。どちらが正しかったのかは分かりませんが、間に合わないよりは間に合った方がよかったのかな、とも思います。もちろん望み通りの形で投稿できるのが理想ではありますが、今回のこともまた私の実力ということで納得します。その点創想話は自分が納得するまで推敲が可能なのがいいですよねー。まぁだから投稿が一年伸びたりするということもなきにしも(ry

 さて、もう一つ。本作のゴーストの理論がちょっと分かりにくいというコメントもありましたので、きちんと説明させていただきます。作中では書ききれなかったこともありますからね。

 まず、イメージにあったのはこの世界の勢力間の『バランス』という概念です。これは戦力的なことではなく『存在的』なことも含まれるのではないか、と考えた次第でありまして。
 つまり、強い存在はそれだけ幻想郷という世界に強い影響を及ぼす。ある日突然影響力が大きく欠けてしまえば、幻想郷は崩れてしまう。なので幻想郷は、そうなった場合自らの欠損を埋めるべく修復しようと働く。それが咲夜さんが成仏できずに、中途半端な形で『生き残って』いた理由です。 
 時間が経てば修復は完了したはずですが、それは紅魔館の弱体化を認めることに繋がります。咲夜がいない時間を受け入れられなかったレミリアは、パチュリーに彼女を復活させることを命令します。
 そしてパチュリーは幻想郷というシステムに挑戦するわけですが、結果的に関わった存在が全てクラッシュしてもっとひどいことになってしまいました。
 これは1ピースを除いてほぼ完成されたジグソーパズルの穴に、無理矢理作ったピースをはめ込もうとして、全部ピースが跳ね飛んでしまったのと同じことです。
 そして幻想郷のシステムは紅魔館のあった空間を一時的に切り離し、長い自動修復の期間に入りました。
 つまりパチュリーが紫に『見せしめにされてたまるか』と心の中で言っていたのは、幻想郷というシステムに逆らおうとするとどうなるか、という見せしめにされてたまるか、ということだったわけですね。パチュリーの咲夜復活魔法は、幻想郷のシステムの一部(欠損修復)と極めて類似してました。
 パチュリーが紅魔館に再突入してから考案したシステムは、それをさらに効率よく進めるための魔法でした。つまり、欠損が完璧に修復されて『かさぶた』の役割をする結界が消えれば、用無しになる魔法ですね。 だからゴーストというのは、ジグソーパズルが破壊されて残った痕跡(この場合設計図の役割を果たします)に、元のバラバラに散った「情報」が不完全な形で再現された状態といいますか。
 ただし、魂を含めたオリジナルのレミリアの構成物全てを集めて再現されるのではなく、足りない部分は別の何かで代用されます。ここら辺はレミリアとパチュリーの最後の会話にでてきますな。
 もうちょっと煮詰めればさらに厳密な設定ができたのかもしれませんけど、まぁコンペだから仕方ないよね!(ぉ


 それではまた、2013年にお会いしましょう、PNSときどき木葉梟でした!(・∀・)ノシ

 

 


 
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Comment

ちゃんとフランも重要な役割があったのね。。
非常に楽しい時間を過ごさせていただきました
  • posted by
  • URL
  • 2013.05/24 00:28分
  • [Edit]

Re: タイトルなし

> ちゃんとフランも重要な役割があったのね。。
> 非常に楽しい時間を過ごさせていただきました

 返信が遅れてしまい……ってレベルじゃないくらい遅れてますね; 申し訳ありませんでした!
 そうなのです。フランにもちゃんと重要な役割があったんです。けれども、この1シーンを切り取ってみれば意味があるものの、物語全体のバランスに相応しいかというと……という思いが、よりによって投稿〆切の日に頭をもたげ、本当にひどい目に遭いました(自業自得)。
 結果は素晴らしかったものの、作者としては色々と反省が残る作品でしたが、楽しんでいただけたようで幸いです。ありがとうございました!
  • posted by PNS 木葉梟(このはずく)
  • URL
  • 2013.07/23 01:32分
  • [Edit]

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このはずくは共通世界観、木葉梟は一度限りの世界観という風に、HNを使い分けて東方創想話にSSを投稿しています。
ここでは他の方々のSSや、自作SSの裏話などを紹介しております。あとは、軽い後日談とか。よろしくです。

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