やぶから九尾

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お賽銭箱物語 後日談



 以下は、東方創想話作品集82に投稿した『お賽銭箱物語』の後日談です。
 大変遅くなりましたが、ようやくこの物語の最後のひとかけらを、埋めることができる思いです。
 しかし、拙作をお読みになっていない方にとっては、意味不明でネタバレで台無しになることは間違いありません。というわけで、くれぐれもご注意願います。

 それではどうぞ。




 





~お賽銭箱物語 後日談~




 そういう体質なのだろうけど、私こと博麗霊夢は、一日に決まって、同じ刻限に目を覚ます。
 布団に潜った時間が、戌の刻でも丑三つ時でも関係無く、なぜか人里の鶏の鳴き終える頃に、目が覚めてしまうのだ。だからというわけではないけど、宴会や異変で夜更かしした後には、いつも寝不足に感じるので、縁側で午睡をたっぷり取ることにしていた。
 え? 不用心? どうせこの神社に、昼間にやってくる客は、そんなにいないんだから問題ないでしょ。
 それでも律儀に、毎日境内の掃除をしている私は、割と真面目な巫女のような気がしないでもないけど…………なんて言ったら、この前魔理沙に盛大に笑われたんだった。

「どいつもこいつも失礼な奴なんだから、本当……」

 そんなわけで、昨晩も宴会のせいで寝るのが遅くなった私は、早くのんびりした時間を手に入れるために、後片付けの最後の過程を急いでいた。

 お酒の残り香が染みついた参道、その上を、箒をちゃっちゃと動かして払っていく。埃を掃き取った後には、綺麗で真新しい石畳が現れる。脇に鎮座している狛犬と獅子も、苔一つついてない、真新しい石だった。
 箒を掃く手を止めて、振り向き仰げば、まだ新築から一年足らずの、博麗神社の本殿がそびえ立つ。
 まさか自分の代で潰してしまうことになるとは、思ってもみなかったけど、渋くも鮮やかな色になった瓦や柱は、心機一転という感じで、あまりそういうのにこだわりのない私にも、清々しく感じられた。
 新たな楽園。それがどんなものかは上手く説明できないけど、この神社が前の神社と同じくらい年月を刻むまで、それが続いていけばいいと思うし、私も出来る限り、それを守っていきたい。

 ……と、何かの主人公っぽく、お行儀良く決心してみたが、

「正直、ずっとこうしている毎日だと、妖怪退治でスカッとしたくなるのよね。平和ばかりっていうのも退屈だなぁ」

 やはり、性根というのは簡単に変えられるものではないらしい。
 箒を地面に寝かせて、うーん、と背伸びしていると……。

 誰かが来る気配がして、私は振り向いた。
 鳥居の向こう、下へと続く石段の方に目をやる。感じた気配は、私がいるこの場所を目指していた。
 早速何か、軽い変事の匂いがしている。神社に来る奴らの大半は、空から無遠慮に、石畳や庭に降りてくるし、日頃から飛ぶことに親しんでいる私とて例外ではない。
 つまり、わざわざこの石段を登ってくるのは、類い希な人間の参拝客か、この神社の勝手が分かっていない新入りの真面目妖怪なのである。

「ちょうど良かったわね。お客さんならお賽銭を入れてもらって、妖怪なら退治されてもらおうかしら」

 箒を手に持ち直し、素敵な笑顔を用意して、私は来訪者を待ち受ける。
 しかし、鳥居をくぐって近づいてくる存在に、私は呆気にとられて、自分の目を疑うことになった。
 時間的にも、手段からしても、全く予想していなかった奴が、こちらに歩いてくるのだから。

「……こんにちは。しばらくぶりね、霊夢」

 境内に辿り着いた彼女は、日傘をたたみ、かすかな笑みを浮かべて言う。

「紫……」

 それは、先月のあの宴会以来見ていなかった、スキマ妖怪だった。




○○○




 剣は自らの延長である。
 世の武芸者には、私、八雲藍の持論に頷く者と、そうでない者の二通りがいる。
 後者の一部の気持ちも、わからぬでもない。剣に対する信仰は、時として、尋常ならぬ力を生む可能性を秘めているのは事実だ。
 だがその反面、時に持つ者自身を、ねじ曲げてしまうことに繋がりかねない。それが幸福なのか不幸なのかは、余人の判断に任せるとしよう。
 果たして、剣を極めることに生涯を傾けた、先代の白玉楼庭師の場合は、孫娘の歩み道に、どのような願いを託したのか。
 次に会った時にでも、尋ねてみたい疑問だった。

 さて。
 私は、木剣を構えた、銀のおかっぱ頭の少女に、意識を戻す。
 その背後を取り巻く光景は、冥界に位置するお屋敷、白玉楼の外庭のもの。今こちらに剣気を浴びせている剣士の、鍛錬の場であり、縄張りでもある。
 広大な敷地に植えられた死の匂いのする桜も、冥界を流れる幽玄な風も、玉砂利に根を下ろし、こちらを真っ直ぐ見つめる彼女の姿勢に触れ、引き締められているようである。
 近頃、この後輩の従者は、いい顔をするようになってきた。闇雲に剣を崇拝し、没頭していたのが、遠い過去の話のようだ。
 あの厄介な主人についていく、答えを見つけたのか。あるいは剣に対する迷いが吹っ切れたのか。
 どちらにせよ、幻想郷の続きを担う存在。我が式と並んで、その成長は著しく、頼もしく思える。

 私は手にした得物、桜の枝を軽く揺らして、

「いつでもどうぞ」

 その言葉が終わった刹那、魂魄妖夢は真っ直ぐ剣を振ってきた。
 相手との間を得物で計らず、一撃の踏み込みにかけた、一太刀。
 威力も気合いも申し分なし。
 だが、いささか小狡さが足りない。

「やぁーッ!!」
「……ひゅっ」

 得物を振り下ろし切る前に、私は半歩踏み込み、死角に移動する。
 さらに、高速で斬りかからんとしていた木剣に、手にした枝を添えるように、横に当てた。
 そこから撫でるように動かすと、妖夢の重心は崩され、得物に引き込まれるようにして、地面に倒れ込んでいた。
 転がり、膝をつき、彼女はそのままの姿勢で動かない。
 しばし残心を保っていた私は、微笑して歩み寄り 

「そんな暗い顔をしなくてもいい。技の切れ味は冴えている」
「……どこが悪かったんでしょうか」
「一つ絶対に言える、悪い癖がある。途中で『目を閉じる』ところだ」
「閉じてません」

 妖夢は不平顔で、こちらが貸した手を使おうとせず、自力で立ち上がりながら、言い返してくる。

「ちゃんと開けてます。瞬きもしてません。今も最後まで、貴方を見てました」
「それは違う。結果を待つだけという姿勢が問題なんだ。そうね……」

 私は彼女の前で、持っていた桜の枝を、無造作に投げた。
 手から放られたそれは、そよ風に絡まることもなく、一つ半回った後、砂利の上に転がる。

「これが妖夢の剣だ。投げた後は枝の行方に任せる。でも本当は、まだ手の内に剣はあることに、気づいているかな?」
「…………」
「斬ることをやめてはいけない。使い手の意志は常に連続し、斬り続けなくてはならない。妖夢が目指すのは放たれた矢ではなく、流れ続ける川だ。わかるね」
「はい」
「よし、それではもう一度だ」

 言われて妖夢は、再度木剣を握りなおす。
 そして、こちらが新しい枝を手にした瞬間、同じような軌道で、切り払ってきた。
 私は先ほどと同じ動き、ただし逆の死角に移動する。
 妖夢は慌てず、こちらの動きに得物を吸い寄せていく。意志を手放さず、水が流れるごとく、剣の軌道を変えていく。
 その自然な様は、予め定められた演舞にも見えた。
 妖夢の木剣は、私の首筋でぴたりと止められていた。自慢の茶金色の髪がいくつか、ふっ、と揺れて飛んでいく。

「お見事。飲み込みが早い」

 そう誉めてあげると、しばらく妖夢は木剣を見つめたまま、黙っていた。
 今の動きを、もう一度頭の中で繰り返しているらしく、何度か瞬きしている。
 やがて彼女の浮かべた笑みには、新鮮な驚きと悦びが見て取れた。

「何となくわかってきました。もう一度お願いします藍さん」
「望むところ……」
「藍様ー! 妖夢ー!」

 高く弾んだ呼び声に、私達は同時にそちら、白玉楼の方を向いた。
 いつもの赤いスカートではなく、動きやすいように裾を短くした、修行用の緑色の道服姿。しかし、頭から生えた猫耳と、黒い二つの尻尾はおなじみだ。
 我が愛しの式の式、橙が慌てて庭を走ってくる。
 ざざーっ、と砂利を蹴散らして、彼女は急停止。

「お待たせしました! 私もやりますやります!」
「よしよし。それじゃあ二人とも、本格的に今日の修行をはじめることにする。言っておくが、いつもより難しいぞ。覚悟はできているかな」
「はい!」

 橙と妖夢は、元気良く返事を重ねた。
 だが、その後に続く台詞は、全く異なっていた。

「藍さん一人に、私達、という組み合わせですか? 橙にも何か得物を用意してあげないと……」
「誰が鬼役になりますか? 私でもいいですけど、逃げる方が好きで……」

 二人は言葉を切り、驚き顔を見合わせる。

「橙、まさか、また鬼ごっこで修行するつもり?」
「妖夢の方こそ、また剣術なの? あれつまんない」
「つまんないのは、橙が下手だから。苦手なものをちゃんとやらないと、強くなれないよ」
「むむー、妖夢だって、鬼ごっこが下手だからやりたくないだけでしょ」
「こらこら二人とも。そこまで」

 意地を張り合いはじめる前に、私は手を鳴らして、二人を仲裁した。

「なるほど。対練に関して、まだ橙が妖夢に劣っているのはもっとも。そして、妖夢が橙を捕まえられないのも事実だ。というわけで今日は、二人の共通の弱点を克服するための修行にしよう。気殺の法だ」

 両者は付き合わせていた顔を、今度はこちらに向ける。
 片方は不可解そうに眉根を寄せ、もう片方は獣耳をぴくぴくと動かし目を見開いて。

「今から私は、この白玉楼のどこかに隠れる。気配をできるだけ、消してね。二人で協力して、私を見つけてみなさい。では」

 返事や反論を待たずに、私は煙幕を張って、姿をくらました。




「……けほっ、けほっ……あ……消えちゃった……」
「橙、藍さんの気配がわかる?」
「……わかんない。本当にいなくなっちゃった」
「藍さんがずるしたりするようなことはないだろうし。この白玉楼のどこかにいるってことだから……よし探しに行こう」
「妖夢、競争しない?」
「だめ。うちは広いんだから、あっという間に迷子になるわよ。二人で協力して、って言われたでしょ。私が案内するから、橙はついてきて」

 


 二人が後にした外庭、その内に生えた桜の木の一つに、私は堂々と腰掛けていた。

「ふふ。この分野では、二人ともまだまだね」

 灯台もと暗し。息を殺し、術を用いて視線を外させ、気配の対流を避ける。
 それらを組み合わせて、本気で隠れてしまえば、九尾の狐も彼女達にとっては石ころと同じになってしまう。
 他愛のない隠れん坊ではあったが、その気になれば、相手の命を取ることも容易にしてしまう、実戦的な術でもあった。
 並の存在では見破れない。もっとも、妖夢が頭を柔らかくし、真剣勝負と同じくらい集中力を発揮すれば。あるいは橙が同じく集中して、野生の勘を働かせれば、私を見つけることができるかもしれなかったが。

「さてさて……あとどれくらいかかるかな」
「ばぁ」
「わっ、と」

 後ろからいきなり脅かされて、私は不覚にも、術を解きそうになった。
 振り向くまでもなく、気化した桜湯のような声が、背中をよじ登ってくる。

「うふふ、藍ちゃん見ぃつけた」
「幽々子様……流石ですね」
「あらあら、『様』は今は余計よ」
「とんでもない。今の私は八雲の代表として、こちらにお邪魔させていただいているんです。例え主がいなくとも……」
「だ~め。藍ちゃんは私に見つかっちゃったんだから、言うことを聞きなさい。丁寧語は禁止」
「……へい」

 私は面倒になったので、短く返事して、かしこまった態度を崩した。
 どうもやはり、この亡霊というのは主人以上にペースを乱されて、やりにくいことこの上ない。
 私と同じく枝に座る、白玉楼の主、西行寺幽々子は、扇を広げて口元を覆い、屋敷の回廊の方に目を向けた。

「妖夢も困ったものね。こんなに近くに藍ちゃんがいるのに、わからないなんて。お稲荷さんの匂いがするのに」
「近くにいるからこそ、逆に見えなくなってしまうことがあるということさ。それと、私は別に油揚げの匂いを出しているわけじゃない」
「あらあら、何だか含蓄のこもった言葉。藍ちゃんの尻尾でお稲荷さんを作ったら美味しそうね」
「もちろん、自分の経験に即した言葉よ。お稲荷さんの件については、丁重にお断りする」
「ねぇ、妖夢達があとどれくらいで私達を見つけるか、賭をしない? 私は三分くらいだと思うのだけど」
「短すぎるね。おそらく二時間半、いや、三時間……ひょっとすると、主が帰ってくる方が早いかも知れない。いい加減尻尾を離してくれ……こら! かじろうとするな!」
「じゃあその紫は、貴方達を私に預けて、どこへ行っちゃったのかしら」

 意味ありげな口調で問う亡霊に、私は慌てず騒がず説明する。

「博麗神社さ。ついに、決めたそうだ」
「……ねぇ、妬いてるの? 藍ちゃん」

 幽々子は尻尾を離し、何やら嬉しそうに身を乗り出してくる。
 
「……もうそれはいいだろう。私にとって、主は掛け替えのない存在だ。そして、霊夢も私達妖怪にとって……いや、私自身にとって、大事な存在であることには変わりない」
 
 私は思わず、苦笑して答えた。
 桜の上から、冥界を見下ろし、その先にある顕界について、感慨にふける。
 脳裏には、妖怪の自分に与えられた、長い運命。そして、人間の少女に与えられた、短くも逞しい運命があった。
 そして二人には、共に成長を見届けてくれた、何よりも大きく、大切な存在がいたのである。

「私は十分、主と過ごす時間があった。あの二人にも、もっとそんな時間が必要だと思う。ま、少しは妬けるけどね。個人的な感情など、胸にしまっておくさ」

 肩をすくめて嘯く。多少、わざとらしくなったけど、あの二人が仲をこじらせてしまえば、気分が優れなくなるのは確かである。
 とはいえ、こんなことを伝えられる唯一の存在といえば、この亡霊かもしれなかった。それが不本意であるのも事実だったが。
 そんな彼女は、相変わらずのほほんとした、何も考えて無さそうな笑みで、

「ふふふ、やっぱり藍ちゃんって素敵。えらいお姉ちゃんね」
「おねっ……!?」

 動揺した私は、足を滑らせ、木から落ちそうになり、枝をしっかり掴み直した。
 だが、枝の間からあたふたと揺れる九尾は、遠くからであっても容易に発見されてしまう。

「あー! 見つけたー!」

 従者二人の声を聞き、私は賭けに負けたことを悟った。




○○○




 ころことり


 台所で果物を割いていると、懐かしい音が聞こえた。
 ここから離れた拝殿の、板の間の奥で、お賽銭が立てる音。
 その音を待ち望んだ時期もあったけど、今の私には、ほとんど価値が薄れてしまったような気がする。
 現にこうして立っていても、ため息が一つ出てきただけだし。

 しかし、切り終えた果物を、皿に並べながら、私は妙な思いに耽った。
 もし、子供の頃のままな感じで、今から外に出て行ったら、彼女はどんな反応を示すだろうか、と。
 例えば、ここに置いてある包丁を手に携えて、「遅すぎるよおばちゃん!」とか。

「…………くっ」

 その光景を想像して、思わず笑いを漏らした後、私はお盆に、二人分の湯飲みと皿を載せて、庭に面した縁側へと向かった。

 


 想像した通り、八雲紫の後ろ姿は、縁側に腰掛け、遠くを眺めていた。
 床まで届く波打つ金髪、それに不思議と似合っている、ドレスと道服を合わせたような、白と紫の服装。
 外見にいつもと変わった所はない。強いて言うなら、普段異変の時に目にする姿であるけれど、過去の思い人の面影など全くない。
 けれど、

「昼間にあんたの姿をここで見るのって、初めてかもね」
「お望みなら、貴方が希望する姿に変わってあげてもいいけど?」
「遠慮しとくわ」

 ちょっと考えて、茶番にしかなりそうにない気がした私は、そう言って肩をすくめた。

「……で、何しに来たの一体」
「話しておこうと思って。約束だからね」

 予想外にまっすぐな台詞に、私は言葉に詰まり、隣に座るタイミングも失う。
 約束。一ヶ月前の、あの宴会の時の話以外にあり得ない。
 私、博麗霊夢の出生について。いつ来てもいいように、心構えだけはしていたが、こんなに早いとは思ってもみなかった。
 もう一度覚悟を決め、私は口を開く。

「わかった。だけど、その前に一つだけ、聞かせてちょうだい」
「………………」
「私、人間なの?」
「…………え?」
「まさか、本当にあんたの子供で、半分妖怪だったりするわけ?」

 真剣に、体を斜めに乗り出して、問いつめる。相手の表情の揺らぎがあれば、一切見逃さないように。
 しばらく、紫は間の抜けた表情で見返していた。が、やがて口を手で覆い、声を漏らし、肩を震わせ始める。
 私は顔を火照らせて怒鳴った。

「笑ってんじゃないわよ! それだけが気になって気になって、今日までずっと考えてたんだからね!」
「に、人間に決まってるじゃない。そうじゃなきゃ博麗の巫女は任せられないわ。本当にそんなこと心配してたの?」
「ふん! いやもう全っ然、心配してなかったわ」
「へぇー、全然ねぇ」
「うっさいばか。さぁ、今まで何を隠してたのか、きりきり吐きなさい。じゃないと、ただじゃおかないわよ。これから一切神社に立ち入り禁止、当然つまみ食いも却下だから」
「も~『いつでも好きな時に食べていいよ、おばちゃん』、って可愛い声で言ってたのに~」
「あんなの時効に決まってるでしょ!!」

 がん、と私は、皿を縁側に叩きつけるように置いた。

「………………」

 紫はその上に乗せられたものを、じっと見ている。
 ここで何か言うつもりなら、速攻で退治して神社から叩き出してやろう。と、私は身構えていた。
 しかし、結局紫は何も言わず、『兎の形に切られたりんご』を、爪楊枝で一つ口に運んだだけだった。

 私はようやく、隣に座り、同じようにりんごを口に運ぶ。
 自分で割いておきながら、それは懐かしくて、舌に程よく馴染む味だった。
 それから私達は、しばらく何も言わず、お茶請けをつまみながら、庭を眺めて過ごした。

「昔はね」

 やがて、先に沈黙を破ったのは、紫の方だった。
 
「ここから見える風景も、こんなのんびりした様子じゃなかったのよ。巫女や妖怪や賢者達の目には、尚更そう映っていた。漠然とした苛立ちや閉塞感にとらわれ、私が愛した箱庭は、淀み続ける一方だった」

 私は庭から幻想郷を眺めたまま、無言でうなずき、彼女の言葉に耳を傾ける。

「妖怪は妖怪のあり方を見失い、求めて彷徨い、人は閉じた世界に対して怯え、疑い憎み続けた。でも、誰も道筋が分からぬまま、ただ漫然と燻り続けるだけで、博麗の巫女もあっけなく命を落とし、賢者と祭り上げられた愚者達は、狂いかけた世界の縁に立って、迷い続けていた……」

 お茶を一口すすって、紫はため息混じりに、明かした。

「そんな悲惨な時期に、偶然人間の赤ん坊を拾ったの。両親のいない、類い希な才能を持つ、女の子だった。私は彼女に名を与え、博麗の巫女として育てる事に決めた」
「隠さなくたっていいわ。どうせその時に、『その子』の両親が妖怪に殺されたんでしょ」
「…………ええ、そうよ」
「まさか……あんたが……」
「誓ってもいいけど、私はその妖怪と一切関係がないわ。赤ん坊を見つけたのは偶然で、もし間に合えば別の未来があっただけ。誰かさんなら、それも運命というかもしれないけどね」

 しれっとした物言いだったが、嘘をついているような気配は感じられなかった。
 両手に持った湯飲みを覗くように、彼女は俯き、小さくなった声で続ける。

「ただ……私は貴方の両親に間に合わなかった。そして今日まで都合良く利用していたのも事実……恨んでくれて構わないわ」

 沈んだ横顔を見つめ、私は自分に改めて問うた。
 そして、見つけた答えを、彼女に受け渡した。

「……そんなつもりはないわよ。言ったでしょ。ここが気に入ってるって」
「…………そう」
 
 彼女の返事は、虚ろなままだった。それが少し、寂しかった。
 秋風が吹く庭の向こうには、幻想郷が広がっている。
 今こうして、並んで座って、それを眺めていると、先程までの違和感が、湯に浸ったかのように、消えていく感じがした。
 絶対に重ならないはずの、私の中の二人の存在が、同じ空の下で一つになり、側にいてくれる。
 それは待ち望んでいた再会の光景とは、似ても似つかなかったけど、自分の中に残っていた、あの頃のきかんぼの少女が、安らいでいくのがわかった。
 やはり、私はこの時間を、どんな形であっても待っていたのだろう。ずっと、あの別れの時から。

 けれども次に聞こえてきた台詞はといえば。

「わかっていると思うけど、霊夢。貴方の存在は幻想郷で日々大きくなりつつある。何に対しても公平に。それが貴方が選ばれた資質でもある。そして私も同じ。幻想郷という装置の中で、私は八雲紫であり続けなくてはならない。私達の関係は、ここの秩序を管理するための、協力者であり、それ以上ではない」

 ああ、やっぱりそういう話になるのか、と私はつまらない思いで聞く。
 彼女はこちらの気持ちも知らず、もしくは意図的に無視して、平坦で無粋な声で続けてきた。
 
「この世界に対し、生きた博麗の巫女である貴方が、どのように楽園の回答を出し続けるのか。幻想郷の管理者である、妖怪の私が、見届けさせてもらうわ」
「………………」
「というわけで、これからもよろしく頼むわね。今日の用事は、それを伝えにきた。それだけよ」

 横の存在はさっさと湯飲みを置いて、音もなく腰を上げる。

「ご馳走様。それじゃあ長居したわね」
「ちょい待ち」

 立ち去りかけたスキマ妖怪の袖を、私は掴んだ。

「何帰ろうとしてんのよ。まだ私の用件を聞いてないでしょうが」
「貴方の用件?」

 と、彼女は怪訝な面持ちで聞き返してくる。

「そうよ。いたいけな女の子を散々放ったらかしておいて、再会した後もずっと嘘ついていて、今さら謝ったような挑戦するようなどっちつかずの胡散臭い台詞だけ並べておいて、逃げ出すつもり?」
「………………」
「そんな勝手が許されると思ったら大間違いよ。神様が認めたって、私が絶対に認めないからね、紫」

 ぐっ、と睨みあげる。甘く、訴えかけるかのように、切なく。
 できないことを求めるつもりはない。しかし、相手が『あの人』だというなら話は別。
 今まで苦労させられてきた分だけ、さんざん困らせてやる気持ちで、私は彼女を見つめ続ける。
 ついに相手は、はぁ、と息を吐き、観念したように、体をこちらに戻した。

「わかったわ……それじゃあ、何がお望み?」
「はいこれ」

 私は隠し持っていた物を、彼女に突き出す。
 まさか包丁のはずがない。ある意味で、それ以上に効果的なものかもしれないけど。
 実際、紫の鉄の仮面はあっさりと崩れ、呆然としてすらいた。

「あの時と同じく、五番勝負で行きましょ」

 それを小気味よく思いつつ、私は勢いをつけて立ち上がった。
 紫が、色のはげた『羽子板』を撫でながら、何か呟く気配があった。
 しかし、私はすでに、庭へと歩き出している。
 神社に背を向けて、ひゅん、ひゅん、と羽子板を振って、

「言っとくけど、あれからも羽根突きに負けたことはないんだからね! ずっと納得がいかなかったのよ! 今日こそリベンジを果たしてやるわ!」

 振り向き、腰に手をあて、彼女に宣言してやった。
 紫も、いつもの余裕ぶった調子に戻り、羽子板を手先で軽く回して、

「……私だって、もう凶を三回引くのはこりごりよ。あれから輪投げも練習したわ」
「本当に?」
「嘘」
「だと思った。ふふっ」
「ふふふ……」

 互いに、笑みがこぼれる。
 止まっていた時間が、また動き始める感触があった。
 私は羽根をつまんで持ち、そっと囁くように告げる。
 大事に大事に取っておいた、大切な思いをこめて。

「……行くよ、おばちゃん」
「ええ、霊夢」

 日が暮れるまでに、五つ目には間に合うだろう。

 それまではきっと、お賽銭箱の前、幻想郷の片隅で、私達二人だけの時間が存在している。




(了)
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Comment

PNSさんのssを読み直していたら見逃していたのを発見したので書き込み。
かなり今更感ありますが、最高に楽しめました!
これからも楽しんで読ませていただきます!
  • posted by
  • URL
  • 2013.03/20 04:09分
  • [Edit]

Re: タイトルなし

> PNSさんのssを読み直していたら見逃していたのを発見したので書き込み。
> かなり今更感ありますが、最高に楽しめました!
> これからも楽しんで読ませていただきます!

 ありがとうございます!
 今更なんてとんでもございません。コメントはいつでも歓迎なので!
 今年はまだ一作も仕上げることができていませんが、これから巻き返していこうと思います。
 乞うご期待!
  • posted by PNS 木葉梟(このはずく)
  • URL
  • 2013.03/30 21:09分
  • [Edit]

いまさらながら。

全俺が泣いた…
もう一回読み返してみたら後日談があるのに気づいて。
二周目なのにかわらぬ感動を与えてくれるpnsさんには盛大なリスペクトを送りたいです。
新作の方も期待しているんで頑張ってください。
とてもいい話をありがとうございました。

Re: いまさらながら。

>紅葉饅頭さん

 お久しぶりですー&読了ありがとうございます!
 作者的には、『お賽銭箱物語』については、この後日談とセットじゃないと、どうも収まりが悪いというかしっくりこない感じがしているので、無事に読んでいただきホッとしてますw
 そして新作についてですが……実は神子様主役のコメディが、もう完成しておりまして、いつでも投稿できる状態にあります。ただちょっと色々思うところがあったので、投稿は来週に見合わせることにしました。その間、同時並行的に進めていた長編の方を仕上げようと思います。どちらもできるだけ面白いものを創るつもりなので、乞うご期待!
  • posted by PNS 木葉梟(このはずく)
  • URL
  • 2014.08/01 22:42分
  • [Edit]

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Author: 
 
このはずくは共通世界観、木葉梟は一度限りの世界観という風に、HNを使い分けて東方創想話にSSを投稿しています。
ここでは他の方々のSSや、自作SSの裏話などを紹介しております。あとは、軽い後日談とか。よろしくです。

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